妄想中年日記

連載第167回: ザ・ビートルズ EIGHT DAYS A WEEK

杜 昌彦書いた人: 杜 昌彦, タグ: , ,
2019.
02.06Wed

ザ・ビートルズ EIGHT DAYS A WEEK

人間だれしも年に一度はビートルズを聴きなおしたくなるものだ。その発作に襲われて数年前に公開された伝記映画まで観た。彼らの音楽をはじめて聴いたのは解散の十五年後で、八十年代末から化物級に神格化されていく過程しかリアルタイムでは知らず、伸びて絡まるまで聴いたカセットテープはどちらかといえば赤盤よりも青盤で、アイドル時代の彼らにはこれまで興味がなく、仲が悪くなってからの印象しかなかった。公演で少女たちに絶叫される姿もごく短いフッテージで知るのみだったのでこの映画にはなるほどと得心させられることが多かった。最初期の彼らが子どもっぽく現実味の乏しいラブソングばかり歌っていたのはなぜだろう、にもかかわらず中期の傑作『ラバーソウル』では突如として豹変し、「女の子」なる曲で「乳乳乳乳……」とあたかもおまえらの価値はそれだけだとでもいうかのごとくにコーラスしたり、「安物家具」なる曲で「客用の椅子もない貧相で殺風景な部屋に招かれたがやらせてもらえなかったので立腹して部屋に火をつけた」と、妻子持ちであることをファンに隠していたジョンが歌ってみせたりと、露骨なミソジニーを表現するに至るのはなぜだろう、と昔から疑問だったのだがその謎が解けた。前者は当時彼らが従事していた業務が基本的に、十代の女性ファンに対して理想の男の子たちが語りかける幻想を提供する商売だったからで(アイドルの歴史にはまったく関心がないのでそれが当時どれだけ一般的だったかは知らない)、後者は音楽にいっさい関心がなく理想の男の子たちに絶叫するためだけに大挙して押し寄せるファンに身の危険を感じるようになり、どうせおまえら聴いてないし歌詞の意味なんか理解できないんだろう、と悪意に満ちた皮肉をがなりたててみせることで恐怖を紛らそうとしていたのだとわかった。死んだ親友が愛用していたおかしなブーツを履き、その彼女が考案した髪型とゲイの兄貴マネージャーに着せられたタイトなスーツ姿で、仲良しの兄弟仔猫のようにじゃれあい軽口を叩く姿には、ああなるほどアイドルとしての彼らはこうだったのかと感心させられた。当時の舞台は現代の感覚からすると驚くほど貧相で、まるで小学校の体育館のような場所に貧弱な機材をいくつか並べただけだった。ジミ・ヘンドリックスの登場までわざわざ音を歪める発想はなかったらしく足元にはエフェクターらしきものも見当たらない。そもそも数万人に演奏を聴かせるという娯楽がそれまで存在しなかったのだ。複製芸術が拡大的に発展することでこれまでにない新たなアウラが発生しつつあることも、その適切な扱いも当時はだれひとり知らなかった。それぞれが家庭を持ち大人になった彼らは子ども向けの公演にうんざりし、スタジオに引き籠もって録音技師ジェフ・エメリックとともに大傑作『リヴォルヴァー』をつくりあげる。四人ではなくたったひとりであったならその前に精神が潰れていたろう。それで何がいいたいかって? ビートルズはほんの枕のつもりでこれから本題に入るつもりだったが長くなった。『ぼっちの帝国』の準備も図書館から借りてきた『世間知らず』もあるのでまた明晩。


(もり まさひこ、1975年6月18日 -)著者、出版者。硬質な文体と独創的な物語で知られる。作風はアヴァン・ポップ、スリップストリーム、スペキュレイティブ・フィクションに分類される。2010年から別名義で活動。2013年日本電子出版協会(JEPA )主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、藤井太洋氏、十市社氏らによる指導を受けた『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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