D.I.Y.出版日誌

連載第164回: 未来をふりかえる

アバター画像書いた人: 杜 昌彦
2019.
02.05Tue

未来をふりかえる

昨夜はこれまで影響を受けた作品をぼっちの帝国のために再読再視聴している話を書いたが肝心な作品を忘れていた。 『アパートの鍵貸します一年に一度は必ず観るようにしているどのくらい好きかといえば生まれ変わったらあの映画になりたいほどだああいう作品を書きたいのでもジャック・レモンに憧れるのでもなくあの映画になりたいそれくらいアパートの鍵貸しますの何もかもが好きだ映画そのものにはなれなくても今回はほんの少しだけ近づけそうな気がしている好きな作品には何かしら共通点があるものでフィッシャー・キングからの流れで未来世紀ブラジルを観なおしたところアパートの鍵貸しますを思わせる場面が多々見受けられたこの映画にはほかにもポチョムキンの階段などさまざまな古典からの引用があるようだ)。 テリー・ギリアムはあとにも傑作をいくつも撮ったけれど未来世紀ブラジルは文句なしに最高傑作だモンティ・パイソンの延長線上にありながらもいま観ると意外にハリウッド式アクション映画の方法論を矛盾なく取り込んでいる奇怪なレトロフューチャーもまったく古びていないしいて難癖をつければヒロインの造形だけよくわからないそこだけはハリウッド式の語り口を消化できなかったかのようだ。 『未来世紀ブラジルとティム・バートン版バットマンは双子のようによく似ているどちらも単純で勇ましいわかりやすさへの懐疑であり可視化されにくいものを可視化する方法論としてのお伽噺だ阪神淡路の震災とオウム事件をきっかけに多様な視点よりも勇ましい単一のわかりやすさをひとびとは求めるようになった時間をかけてさまざまな立場を考えるよりも紋切り型による一瞬の反射が正義とされるようになったその醜悪な帰結が広告代理店が差別主義者を大統領にまで仕立て上げるソーシャルメディアだそんな時代にあってそれでもなお書くのであれば原点に立ち返る必要があると思うしそのための流れで次は暗闇のスキャナーを読み返したくなっているあれを読んで泣かぬのであれば人間として何か大切なものが欠けているとさえ思うそういったものを書きたいともつねに考えていて逆さの月ではある程度やれたと思うしぼっちの帝国でも後半はそのようにするつもりだしかしいま学ぶべきは未来世紀ブラジル暗闇のスキャナーのようなファンタジーではないどちらかといえばリアル寄りの喜劇だそしてその喜劇は恋愛を題材とするそういう意味ではブラジルよりもアパートの鍵貸しますがお手本になるなぜいまフィクションの手段としての恋愛に関心があるかといえばその概念をとても奇妙に感じるからだおれはだれからも愛されたことがないし他人と関わることには苦痛しか感じないそれを異常に思わないばかりかそもそも恋愛をする人間のほうがむしろある種の畸形なのではないかと考えているコンビニも Amazon もストリーミングメディアも存在しなかった時代にはひとりで生きていくのが困難で家族を形成するのが当然と見なされていたそう見なされるだけの理由や根拠があったからだそうした時代においてはだれもが自分を偽って無理に他人にあわせて暮らさねばならなかったしかし人間の不幸とは他者との関係性において生じるものでだれともかかずらわずに済むほうがずっと自然かつ幸福に生きられるのではないかにもかかわらず地上にコンビニも Amazon もストリーミングメディアも存在しなかった時代があまりに長すぎて人間はつがいを形成し子孫を遺すのが当然という考えがあたかも永久不変の法則であるかのように定着していまさら変えられなくなってしまっただれもが立派な人格者であれば問題も生じまいが実際にはおれの両親のような気違いもいる支離滅裂な狂った家庭でまともな人間は育たない伝統的な価値観家族の絆やらつながりやらを妄信させられていればいびつな人間であるままに家庭を成しパートナーをいびつに扱いいびつな子孫を量産しつづけるだろうそうした悲劇がなくならないのは恋愛を実際に行うごく一部の特殊なひとたちがそのミュータントめいた感覚をあたかも正常であるかのように喧伝して強固に制度化したからではないか自由恋愛が制度化されたのはごく近年になってからだとかこんにちのように商業化されたのは 90 年代以降だかそういう議論はすでにありふれているだろうが、 『ぼっちの帝国で書きたいのはそのさらに先だこれまで正しいとされてきたことの大半は実際には多くの人間にとってどうでもいいことなんじゃないかそこから自由になればそこそこ幸せになれるのではないかということだ現代の娯楽作品はあまりそうしたわかりにくい方法論を採用しないので過去の作品から学ぼうとしているもちろん過去がよかったとは思わないし同じことをやるつもりもない温故知新という言葉だってあるじゃないか


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。