妄想中年日記

連載第165回: 30年の夢

杜 昌彦書いた人: 杜 昌彦, タグ:
2019.
02.04Mon

30年の夢

次の恋愛小説『ぼっちの帝国』のために十代の頃に影響を受けた作品を再視聴したり再読したりしている。当時は一枚のレコードや一本の映画にありつくため非常に苦労をした。89年は世の中が大きく変化した時代でベルリンの壁が崩れたり手塚治虫が死んだりいろいろあった。VRやAIなんて言葉が最初に流行ったのもこの頃だ。DCコミックスは低年齢の子ども向けからリアルなシリアス路線へと変わろうとしていて、子供じみた滑稽さと大人向けの毒をないまぜにした『バットマン』は、ティム・バートンの残酷なお伽噺のような作風と相性がよく大ヒットした。親に隠れて苦労して観た当時は普通のアクションに思えた場面も、いま観なおすと意図的にふざけた漫画的パロディとして表現されているように感じられる。体重のギャグは当時40kgにも満たなかった中学生には強く印象に残ったので、物語が非常に盛り上がるアクション場面だったように記憶していたのだが(いま調べたらせいぜい11歳の平均体重じゃないか。いくら発育不良の被虐待児でもそんなわけはないから記憶違いかもしれない)、実際には序盤のちょっとしたアクションでしかなかった。主演の役者が同じ年に『ドリーム・チーム』で暴力的な精神病患者を演じている。いわば一枚の硬貨の表と裏、正義の味方は見方を変えればそういうことになる。「夢みるひと」たちが認知行動療法で野球観戦に赴いたところ運悪く殺人を目撃し、担当医師は瀕死の重傷を負わされ、大都会に支援者もなく放り出されて、悪徳警官に命を狙われるはめになる……という喜劇なのだが、これがほんとうにいい話で、題名も気が利いているしもっと評価されていい作品だと思う。序盤で精神病患者たちが合唱する「Hit The Road Jack」は、不思議なことに同年の……と思っていま調べたら翌々年だった、テリー・ギリアムの雇われ仕事にして成功作『フィッシャー・キング』でもまったく同じ扱いで登場する。そしてこの作品もまた「夢みるひと」の物語であって、哀しげに笑うロビン・ウィリアムズの最期を知るいまでは涙なくして観られない。ついでのように述べるのもどうかと思うが印象的なホームレス歌手を演じた役者もまた病死していたことをさっき知った。『ドリーム・チーム』の前年に刊行された小林信彦『世間知らず』がおれにとって恋愛小説の基準になっていて、新作に着手する前に読み返したいと願っているが絶版になって久しく手に入らない。『ドリーム・チーム』と『フィッシャー・キング』、この二作を『ぼっちの帝国』では下敷きにしつつ、小林信彦作品のような小説らしいおもしろさを目指し、この数年『逃げるは恥だが役に立つ』『ダメな私に恋してください』『海月姫』といった人気漫画を読んで考えたことをありったけ盛り込むつもりでいる。……とここまで書いたところで大体どんな話か知れてしまうような気もするが、それはさておき『ぼっちの帝国』は、縦書き連載機能を利用して56の章を順次公開することを検討している。今月中旬までにプロットを掘り下げて執筆にかかるつもりだ。ただし公開の前にサブスクライブ機能を実装せねばならない。登録ユーザのみが先を読める仕組みだ。現状ではそれをやると実験中のゲスト投稿機能まで登録読者に晒すことになる。たぶん権限の設定でどうにかできるはずなのでそれはいいのだが、読者登録をすれば必然的にアクティヴィティまで開放することになるのでこちらは迷っている。投稿者と業務的な会話をするのは三年前から意図しているので構わない。しかし一般読者とはもうしわけないが距離を置かねばならない。経験上それだけははっきりしている。だからこそ日記にもコメント欄を設けないのだ。壁を取っ払っても成立するのはソーシャルな技に長けた著者だけで、くりかえし述べてきたように人格OverDriveがやりたいのはそういうことではない。89年頃にはまだ雑誌がおもしろかった。あの頃に雑誌が担っていた役割を取り戻したいのだ。いまだって『KISS』や『YOU』のような漫画雑誌はヒット作を連発しているように思えるのだが後者は休刊となった。代替としてウェブマガジンが流行しているがあれは結局のところソーシャルメディアに隷属する餌場でしかない。見合った器でなければ機能しないしソーシャルメディアのサイズ感がいかなるものかはすでに何度も述べてきた通りだ。要はマウント合戦における刹那的な使い勝手だけが求められるのであってそこで頭角を現したところでそれはソーシャルメディアにおいてしか使いものにならない。epubやプリントオンデマンドが可能にした未来はそういうことではないのだ。じゃあどういうことなのかはこれから身をもって示していく。と大見得を切りたいところだが一日に十人に閲覧されれば上等のウェブサイトが何をしたところでどうなるものでもない。だれにも見られぬからこそやれる実験もあるということだ。別に期待されずとも好きなようにやるし、価値に気づかず一笑に付して損をするのはおれではない。


(もり まさひこ、1975年6月18日 -)著者、出版者。硬質な文体と独創的な物語で知られる。作風はアヴァン・ポップ、スリップストリーム、スペキュレイティブ・フィクションに分類される。2010年から別名義で活動。2013年日本電子出版協会(JEPA )主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、藤井太洋氏、十市社氏らによる指導を受けた『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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