D.I.Y.出版日誌

連載第161回: 第五夜

アバター画像書いた人: 杜 昌彦
2019.
01.31Thu

第五夜

しばらく寄りつかなくなっていたストーカーにまた嗅ぎつけられた案の定だ読み書きの能力がない代わりに他人の私生活を執拗にのぞきみて相手のすべてをわかったつもりになり上から目線で人格否定をくりかえすこの手の輩を遠ざけるにはどうすればいいのだろう彼らはその浅薄さゆえソーシャルに最適化されおり二次加害者を集めやすい佐野元春ならぬおれが彼らからはみ出しているのは連中の器が小さすぎるからだだれもが見慣れた定型に基づくだれもが見慣れた着想それをして実績があるとマーケティングでは称するすべてお膳立てしておいたのであとは指先でいいねをタップするだけでだれかにマウントできますよわかりやすく差し出すのがソーシャルの器であるタイムラインに収まりきらない収まりようのない本物などそこでは何の価値もないしそこで無価値と見なされれば現代の市場では淘汰されるのみであるそれが絆やつながりというものだものをつくるのは孤独で見苦しい努力を要するものである現代の社会はひとりであることの権利を許さない努力の見苦しさもしかりだそれらは寄ってたかって駆逐すべきものとしてソーシャルメディアの運営企業になかば公認されている通報フォームはそこでの権威者のためだけにある事実が広く知られている)。 音が歪んでいるので星ひとつのレビューはそのようにして生じるとともに権威づけされ模倣者を増殖させ名盤を駆逐する大手企業もまたその器を尺度に資本投下の可否を決める音楽においてそのような地獄が出来する前に状況を変えたのは BandCamp と Spotify である前者は表現者が自分の意思と行動力で顧客を見つけて作品を届ける手段を生じせしめ後者は某巨大モールであればむしろ夾雑物として排除するであろう嗜好ベースの関連づけでレコード店での偶然の出逢い目利き店員のお薦めを再現する出版において少なくとも BandCamp 的なものは望めない冒頭に述べたストーカーに餌をやることになるので詳細は述べないが身をもって証明したSpotify は A からはじまるくだんの巨大モールの読み放題が近いかもしれないただし彼らは海外ですでに独立系出版物の扱いを再考しはじめている気配があるゆくゆくは買収なり自社開発なりで伝統的な出版社に取って代わりたいのだろうし実現した日に彼らが選ぶ手法はおそらく革新的なものではないだろう得体の知れないゴミばかりでまともな本を読めない状況が改善されるのであれば読者でもあるわれわれにとって歓迎すべき事態だが彼らの第一主義の対象は標榜するような顧客ではなく彼ら自身であってアルゴリズムによる効率的な利益拡大にすぎないのであるからおそらくは読書の文脈とはかけ離れたものになるだろうインターネットを決定づけるのはいまや紛れもなくソーシャルでありソーシャルなインターネットこそが出版と読書のありようを事実上規定するそのような時代における必然として本物が淘汰されたらわれわれは何を読めばいいのだろうかかつてそのような政治的状況に支配された地域で立ち現れたのが地下出版でかの燃えなかった原稿もルー・リードの詩集もそこで刷られまわし読みされた刷る手段はあるしかしそれはインターネットに拠っている矛盾がある音楽が最終的に BandCamp や Spotify を手にしたのは手づくりのカセットテープとそれの何世代にもわたって複製され劣化した代物そしてそれを流通させる通信販売や同好の士向けの文通欄が四十年以上前から主要でこそないものの重要なネットワークとしてずっと機能してきた文化的背景によるそもそもそういうものが文化の本質的な部分を支えてきたのであってそれが改めて主要なメディアとして人目につきやすくなったにすぎないジンやリトルプレスはブコウスキーを生んだがパンクやヒップホップを育てたろうか? その答えはタイプライターですべての文字を表現できる文化圏においては Yes かもしれないが少なくともこの国でそれらはファッションでしかないインスタのタイムラインを飾り立てて自分をよりよく見せかける手段あるいはそれを通じて社交するための手段にすぎない見栄えさえよければ書かれる言葉などどうでもいいのだむしろどうでもいい程度の言葉でなければならない小説はそこには収まらないお洒落どころか見苦しいあがきであって愛される余地はなくむしろ公然と制裁される材料を提供するかのようなものでありやはり器からはみ出している


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。