杜 昌彦

D.I.Y.出版日誌

連載第159回: 第三夜

杜 昌彦書いた人: 杜 昌彦, タグ:
2019.
01.29Tue

第三夜

ストアではどうしたって関連づけ経由で読まれる。大手企業による商業出版でないものは十把一絡げで素人のゴミとして関連づけられる。モールを利用する以上その制約から逃れようがないのであればかつて素人のゴミであったものを商業出版とは異なる優れたものにすればよいのであって、三年前に幾人かの協力を得てその試みに着手せんとしたところ、まだ何ひとつ実現せぬうちに、努力せずにぬくぬくと素人のゴミでいつづけたい、そうでありながら愛されたい金を稼ぎたい、というひとびとの猛烈な憎しみを買い、さまざまな場所で陰口をきかれたのみならず、サイトのバックエンドは攻撃され、人知れず明確な脅迫を受け、協力者を身の危険に晒しかねない事態となって断念に追い込まれた。加害者たち、二次加害者たちはそれみたことかと群がって囃し立て、ここぞとばかり公然と人格否定を行った。ちょっと目立った動きをすると自分に断りなく商売するなと陰で恫喝する癖のあるとある著名人も、率先してその発言力を行使した(ソーシャルメディア・サービスは無名人への暴力を容認し幇助さえするので発言はいまだ残っている)。実際ニーズとしても、ストアの客層はすでに述べたようにいまだ昭和の加齢臭を漂わす差別的な中年男性が幅をきかせているのだが、そうした連中はプロフェッショナルな小説を好まず、ラブレスを音が歪んでいるから駄作と評するような読み方をし、一方で素人のゴミをこそ親近感から屁理屈をつけて高く評価する傾向がある。そうしていれば本を読めない無能を正当化できるばかりか格の高いものに見せかけられるからである。読み放題サービス開始以降は大手企業が重い腰を上げつつあることによってその傾向は変わりつつあるが、基本的な客層までごっそり変わったわけではない。したがってゴミを垂れ流して愛されたい素人と素人のゴミを好む客とが仲よく楽しんでいたところに、その絆やつながりの楽しみを奪わんとするかに見える行為をしたのであるから、非難され恨みを買い完膚なきまで叩き潰されたのはけだし当然であった。ストアの関連づけが攻略不可能であるならほかの途を探らねばならない。そこで……とようやく本題に入らんとして時間切れとなった。明晩はつづきを語りたい。


(もり まさひこ、1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、藤井太洋氏、十市社氏らによる指導を受けた『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『ぼっちの帝国』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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