D.I.Y.出版日誌

連載第154回: ブレードランナーの年に

アバター画像書いた人: 杜 昌彦
2019.
01.12Sat

ブレードランナーの年に

正月にはピンクフロイドを聴きたくなる十数年前に NHK-FM の年始特番で BBC ライブを聴いて以来の習慣だ六十年代末から実家にある Sony のごついラジオで妹と聴いたその年は妹とふたりで正月を過ごしたいまでも彼女とは年に何度か短いメールのやりとりをする翌年はそれまで一度も会ったことがなかった祖父と静かな正月を過ごした祖父と観たピンクの豹は数年後に DVD ボックスをハードオフで購入したこれも冬になると観たくなるクラウディア・カルディナーレのハスキー声が吹き替えだとつい先日知ってショックを受けた年末年始はほかにアパートの鍵貸しますも必ず観ることにしていてこれは特定の想い出に結びつくものではないピンクフロイドからの連想とインターステラーの再視聴Amazon プライムへの加入という三つのきっかけで2001 年宇宙の旅を少しずつ観ている年末年始は本業が忙しく六時間の睡眠を確保するには三十分の視聴が限度だ子どもの頃ブラウン管のテレビで観たときはクリアな空気感のあるハイパーリアルな映像に感じたのだけれども三十数年後のいまは単に古い映画に見えた舞台はセットや書き割りに水たまりを巡って争う猿は着ぐるみに精子型の宇宙船はミニチュアに見えたフィルムは黄変しくすんでいた経年劣化した古いマスターから起こした版なのだろう退屈な前衛に思えた表現は逆に理解しやすい古典的な語り口に感じられた当時は未来的な演出のつもりだったであろうミッドセンチュリー家具のレトロ感やスーツと同色のシャツがお洒落に見えた子どもの頃正月の新聞別冊には21 世紀の暮らしといった企画記事が必ず載ったものだがその原型のような表現が目についた前世紀はモノの規模が技術の進歩によって拡大的に発展すると信じられていたのだろう宇宙旅行や超高層ビルの隙間を飛ぶ自動車の代わりに現実に存在するのは量販店だけが点在する風景と車を買う金もない非正規雇用者だブラウン管を携帯にホームレスのボロ服をユニクロに置き換えればむしろデッドテックな表現として描かれた未来テレビ局 ネットワーク 23における20 分後の未来のほうが現実に近い双方向のネットワークであり支配と同調のシステムである未来のテレビはソーシャルメディアとして現実になったそれは」 「つながりといった耳に心地よい言葉で取り繕われたマウンティング合戦であり器に見合う消費しやすい話題ネタは世渡りのツールとも通貨ともなる同調圧力において正しいとされた価値観こそが現代では唯一絶対の信仰でありひとそれぞれの事情は許されず的はずれな毀損こそがアカウントの価値を高めるのでひとびとは意味や文脈を剥奪して貶めるのに躍起となるそのような 2019 年において読書と出版のウェブサイト人格 OverDrive に何ができるか考えている黙らせようとする粘着者はアクセス解析を見るかぎり昨年の成果に満足して訪れなくなったようだが油断はできない今年はそのようなつまらない人間に気取られないようにしたたかにやりたい


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。