妄想中年日記

連載第156回: ブレードランナーの年に

杜 昌彦書いた人: 杜 昌彦, タグ:
2019.
01.12Sat

ブレードランナーの年に

正月にはピンクフロイドを聴きたくなる。十数年前にNHK-FMの年始特番でBBCライブを聴いて以来の習慣だ。六十年代末から実家にあるSonyのごついラジオで妹と聴いた。その年は妹とふたりで正月を過ごした。いまでも彼女とは年に何度か短いメールのやりとりをする。翌年はそれまで一度も会ったことがなかった祖父と静かな正月を過ごした。祖父と観た『ピンクの豹』は数年後にDVDボックスをハードオフで購入した。これも冬になると観たくなる。クラウディア・カルディナーレのハスキー声が吹き替えだとつい先日知ってショックを受けた。年末年始はほかに『アパートの鍵貸します』も必ず観ることにしていてこれは特定の想い出に結びつくものではない。ピンクフロイドからの連想と『インターステラー』の再視聴、Amazonプライムへの加入という三つのきっかけで『2001年宇宙の旅』を少しずつ観ている。年末年始は本業が忙しく、六時間の睡眠を確保するには三十分の視聴が限度だ。子どもの頃ブラウン管のテレビで観たときはクリアな空気感のあるハイパーリアルな映像に感じたのだけれども三十数年後のいまは単に古い映画に見えた。舞台はセットや書き割りに、水たまりを巡って争う猿は着ぐるみに、精子型の宇宙船はミニチュアに見えた。フィルムは黄変しくすんでいた。経年劣化した古いマスターから起こした版なのだろう。退屈な前衛に思えた表現は逆に理解しやすい古典的な語り口に感じられた。当時は未来的な演出のつもりだったであろうミッドセンチュリー家具のレトロ感や、スーツと同色のシャツがお洒落に見えた。子どもの頃、正月の新聞別冊には「21世紀の暮らし」といった企画記事が必ず載ったものだがその原型のような表現が目についた。前世紀は「モノ」の規模が技術の進歩によって拡大的に発展すると信じられていたのだろう。宇宙旅行や超高層ビルの隙間を飛ぶ自動車の代わりに現実に存在するのは量販店だけが点在する風景と、車を買う金もない非正規雇用者だ。ブラウン管を携帯にホームレスのボロ服をユニクロに置き換えれば、むしろデッドテックな表現として描かれた『未来テレビ局 ネットワーク23』における「20分後の未来」のほうが現実に近い。双方向のネットワークであり支配と同調のシステムである未来のテレビはソーシャルメディアとして現実になった。それは「絆」「つながり」といった耳に心地よい言葉で取り繕われたマウンティング合戦であり、器に見合う消費しやすい話題(ネタ)は世渡りのツールとも通貨ともなる。同調圧力において正しいとされた価値観こそが現代では唯一絶対の信仰であり、ひとそれぞれの事情は許されず、的はずれな毀損こそがアカウントの価値を高めるのでひとびとは意味や文脈を剥奪して貶めるのに躍起となる。そのような2019年において読書と出版のウェブサイト人格OverDriveに何ができるか考えている。黙らせようとする粘着者はアクセス解析を見るかぎり昨年の成果に満足して訪れなくなったようだが油断はできない。今年はそのようなつまらない人間に気取られないようにしたたかにやりたい。


(もり まさひこ、1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的な作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、藤井太洋氏、十市社氏らによる指導を受けた『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『逆さの月』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。最新恋愛小説『ぼっちの帝国』連載中。
ぼっちの帝国