杜 昌彦

D.I.Y.出版日誌

連載第152回: 抽斗のなかに書く

杜 昌彦書いた人: 杜 昌彦, タグ: ,
2018.
12.01Sat

抽斗のなかに書く

今年はよさそうだと思って手にした本がはずればかりだったそんな年は人生ではじめてかもしれない去年のような思い出深い出逢いが今年はほとんどなかった数年前に上巻を読んだきりになっていた『メイスン&ディクスン』をようやく全部読み終えたとかニック・ホーンビィの古いやつを急に思い出して図書館で借りて読んだとか『ガープの世界』を読み返したりとかよかったのはそのくらいだつまり古い本ばかり嗅ぎ分ける才覚が衰えたのかもしれないとも思うしおもしろい小説は実際に出版されにくくなったのだとも思う当たり障りがないことに実績のある企画しか見かけなくなった

先日どういう流れでかは忘れたが筒井康隆『モナドの領域』を読んだ『朝のガスパール』『パプリカ』あたりが頂点であって断筆宣言以降は才能をなくしたように思えていっさい読んでいなかったわかっていたのになぜ読んだのか四半世紀前に天才だった作家がここまで落ちぶれるのを見たくはなかったあらすじはこうだ女子大生が惨殺される女性は深層心理では性暴力を望むものだと老教授が主張する女性が群がってきて素敵! と騒ぐ女子学生が愛情表現として炊事洗濯掃除のような身のまわりの世話を焼くようになる男性も群がってきて兄貴! と慕う信者が膨れ上がり騒ぎとなる老教授が裁判やテレビに出てご高説を開陳する小説のなかでは知的な論理という設定になっていて世界中が感銘を受け拍手喝采する……

くだらない老人向けポルノだ世界をミソジニストとそうでない人間に大別するならおれも大概だと思うけれどもさすがにここまで浅薄ではない若い頃の彼は権力をおちょくる独創的ないちびりだったいまの彼は使い古された権力側のやり口で弱者を笑いものにするいちびりだそれもいまだ反権力の独創であるかのような勘違いをしてそんなことをやっているやはりまともな人権教育を受けなかった世代はだめなのかもしれないおれも含めて『逆さの月』はそうしたことへの批判として書いた小説を読み慣れていない読者には不快かもしれない感情を揺すぶられるような本を好まない市場にあっては反感を買うだろうなという気はする

現代のこの国ではすでにだれもが親しんでいるものを劣化させて「わかりやす」くしたものが売れるだれもが親しんでいるものは何かを探る市場調査と劣化させる感性の鈍さすなわち「普通の人間であること」こそがヒットメーカーの才能なのだと思うでもそれはあくまで「普通の人間」のための才能であって社会からはじきだされた人間のための才能ではないそしてどちらかといえば芸術はここでいう芸術はエンターテインメントと同義語なのだけれどはじきだされた人間のためにある

たまたま恵まれて「普通」になれたことをいばってそうなれなかった人間を貶めるようなそんなものだけは書きたくないもちろん金のために働くのは尊いことだ大勢によって望まれ必要とされる仕事は当然なされなければならないただそれだけが小説の本道でありすべてであるかのような風潮には与しないうまく生きられないごく少数のひとびとの励ましになるようなものこそが書かれなければならないと思うしそれを出版するのが人格OverDriveの仕事だと考えているいまのこの国では「普通」にとって「ニーズがな」ければ「淘汰」されるしかし一方で原稿を燃やせるものならやってみろという気持もある

次の小説は大人になることが主題だ欠陥を抱えた自分の適切な取扱法を見出して生活していくこと『ぼっちの帝国』と仮題をつけた


(1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『ぼっちの帝国』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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