D.I.Y.出版日誌

連載第149回: 恋愛と朗読会

アバター画像書いた人: 杜 昌彦
2018.
11.18Sun

恋愛と朗読会

ひとの集まる場所が苦手だ街へも滅多に出かけないし映画館へ最後に行ったのは 20 年前だきのう友人にライブハウスに連れて行ってもらってこの歳にしてはじめて目の前で人間が演奏するのを観た100 人で鮨詰めになる文字通りの小屋だった本拠地では人気だが全国区ではないバンドで 20 人ほどのファンが最前列で声援を送っていたライブのたびに日本各地から集結する熱心なファンで全員が顔馴染みであるらしい打ち上げにこのまま 50 人が流れるという話だったつまり残り 80 人中 30 人は関係者残り半数の内訳はわからない週末の夜にライブハウスで音楽を愉しむ習慣のある客かもしれないしおれたちのように知り合いや友人の知り合いが出ているから訪れたのかもしれない気まぐれで入った客もいたかもしれない

数万部のヒットを出した作家が野球観戦に行き自分の本を読んだのと同じ人数を実際に目の当たりにして圧倒されたという話を何かで読んだたしかW村上対談だったと思う記憶は定かでないが)。 規模は真逆だが似たような感慨を得た。 「電子書籍元年からの八年間で自著をダウンロードした客は少なく見積もって三千人実際に読んだのはあの小屋を埋めるほどの人数だろう気に入ってくれたのは同様に 20 人⋯⋯いや大きく見積もりすぎか実際は 45 人といったところだろう自主出版では著者と読者の集団がほぼ重なるという話がある仲間内で読み合っているにすぎないというのだ個人的にはそうした文化とは距離をおきたいがしかし一般的にはそれも悪くないのかもしれないと感じた100 人が読みうち半数が知り合いでさらにそのうち 30 人が関係者20 人が熱心なファン

もうひとつ連想したのは脅迫や誹謗中傷を受けて断念したかつての試みだ梁山泊のように作家を集めてブランディングを行うはずだったのだが将来的に小さなライブハウスで朗読会やトークイベントを行うという夢想もそこには含まれていた100 人なら集められると実感したどの作家にも数名から 20 名はファンがいるランキングを占拠する実力のある作家ならそれだけでも 100 人は集められるそういう作家が参加すればそれを目当てに来る客もいるだろうしそれをきっかけにほかの作家が知られたりもするかもしれないそれは朗読会にかぎったことではなくだからこそいわば作家のポータルとして機能するウェブサイトを構想したライブハウスの試みはおそらく今後だれかはやるだろう知り合いが出たら見に行くかもしれない

閑話休題よしとされる恋愛の描き方が米国と大きく異なる以上日本には翻訳を除けばロマンス小説なるジャンルの作品はおそらくほとんど存在しない出版事情にそぐわないカテゴリ名はストアのローカライズが不充分であるためだ日本では主体的に行動する個人はきらわれるとりわけ女性に対してその傾向は強く男性ばかりか多くの女性もその価値観を内在化している企業は営利である以上なじみ感を優先せざるを得ない。 「ニーズを逸脱すれば商売にならないからだ非営利の個人であればくびきから自由になれるはずなのに実際にはアマチュアのほうがむしろその劣化再生産に固執する。 「娼婦」 「聖女」 「太母の三パターンしかない小説が占拠するようになればロマンス小説の読者は行き場を喪うだろう女子が静かにままごと遊びを愉しんでいた砂場に戦争ごっこをする男子を連れてきてしまったようで後ろめたく感じる

ヒット商品に必要なのは真の新しさよりなじみ感 | 最適レベルの新しさが成功を招く

個人的に理想的なジャンル小説はある種実用的な様式であるべきでそれに対して理想的な恋愛小説は生きづらさや孤独について書かれたものだと捉えているもっともミニマルな社会的関係性が恋愛だからだ他者との対話がみずからを見つめ直し孤独を浮き彫りにするからにはわかちあえる幸福よりも絶対の孤独のほうがそこでは主題となり得るそういう意味で恋愛小説は人間を描くのに適した形式だと考えている。 『悪魔とドライヴ逆さの月は恋愛小説であってロマンス小説ではないいずれも主人公の女性は主体的に行動するがその目的は情緒的な快楽ではなく主体的に行動すること自体でありそのために生じる社会との軋轢が作品の主題となるそしてその出版のめざすところは週末の現実逃避ではなく日々の生きづらさとの対峙においてささやかな拠り所となり得るものであったりする

無料本が急に伸びて有料本が購入され返品されるという妙な動きがあって警戒している検索バナー広告のせいで望ましくない客層に届いた可能性があるおかしなレビューでもついたら目も当てられない無料配布は中止すべきかもしれないいま以上に読まれなくなっても構わないどうせいまだって無に等しいのだ配信仲介業者の現実的な選択肢は BCCKS だReader StoreセブンネットBookLive!読み放題ありのブックパスが使えるのがいいしかし人格 OverDrive には適さない点も多いたとえばブラウザ上で本を作成する機能とほかの機能が不可分になっているepub アップロードもできなくはないが BCCKS 上での公開が利用の前提になっているSEO に強いので筆名で検索すると自サイトを押しのけてアカウントページがトップに表示されるいずれも本来は利点なのだが BCCKS を中核ハブとしない場合はデメリットになる悩みは多く今後の展開にいまだ迷っている


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。