D.I.Y.出版日誌

連載第148回: メディアになる

アバター画像書いた人: 杜 昌彦
2018.
11.14Wed

メディアになる

CreateSpace が米 KDP に統合され日本語での出版ができなくなったやむなく日本の業者を使った五冊注文した雑な梱包で届いたエアキャップが内張された大きな封筒にただつっこんである五冊中二冊は印刷が大きくズレていて使いものにならない五冊並べてみるとズレの大きさがグラデーションになっていて機械の回転数が上がるにつれて本来の位置で刷られるようになったのが見て取れるCreateSpace でも多少はこのような傾向があったが日本の POD のほうがひどい回転数が充分に上がらないうちに刷りはじめるのはオペレータの習熟度が低いからだろう一冊だけ注文するとこのようなことにはならない次回からは一冊ずつ注文することにする装画作成時は四六版のサイズ指定で背表紙までかかるデザインにするのがよさそうだズレが目立たない色指定はやはり CMYK でやったほうがよさそうだこれまでは気にならなかったし使っているツールで色指定をする方法がわからなかったので RGB のままで入稿した自動変換だとくすんだ色になりやすいようで淡い色調だと思った以上に汚い刷り上がりになる発色の違いはシビアなプロの基準ではかられる程度の微妙な差だと考えていた実際にはとりわけ膚色の発色は印象に大きく作用するとわかった五冊のうち刷りはじめの一冊より最後に刷られたもののほうがズレだけではなく発色のくすみも少ないCreateSpace での作成でも個体差はあったし Amazon で買ったもののほうが CreateSpace で買ったものよりも個体差が少なかったCreateSpace で買ったものは日本の POD より少しましな程度米 Amazon の POD オペレータが習熟度において優れているということなのかもしれないPOD と同時に Amazon 広告を導入した直後はそこそこの効果があったが数週間で急に表示されにくくなった理由はわからないあまりやりたくなかった検索バナー広告を試した極端に金がかかるばかりで効果がないやりたくなかったのは検索語句を選ぶのが苦手だからでそれゆえに対象客を捉え損ねて効果が出ない

Amazon というストアの性質上Kindle 本はよく売れるかまったく売れないかの両極端がふつうだ。 『逆さの月は二ヶ月ものあいだほとんど売れないまま五千位と五万位のあいだを浮き沈みしている本来はひとたび落ちたら二度と浮上しない読まれない理由はインターネットとりわけソーシャルメディアとの相性が悪いからだなのに毎日一冊は読まれている概算で五十数人は読んでいるはずでその理由がわからない最初の数冊が売れたのは数年前にお世話になった方々が親切心でツイートしてくれたからだあとはウェブ上での言及はないKindle 本の購入に抵抗のない自分でさえも得体の知れない本を広告経由で買ったりはしない関心を抱いたとしても広告をクリックする前にウェブ上の言及を調べ評価が高くなければ買わない露出機会はほかにランキングのみだが二十位圏内一ページ目に表示されるのは特殊なファンを持つロマンスカテゴリのみだロマンスは恋愛小説とイコールではない恋愛小説のうちごく一部の極めて特殊なジャンルであって印刷本のカテゴリでは一般的な恋愛小説と混同されつつあるものの Kindle では現状ほぼ厳密に区別されている一部のアマチュア作品が表示機会の有利さを求めて汚染範囲を広げようとするのみであってそうした風潮の発端となったのが旧筆名時代の自分であることは後ろめたく思っているがいずれにせよ逆さの月が厳密なロマンス小説を求める利用者には場違いな本であるのはまちがいなくカテゴリランキングを経由して読まれているとは考えがたい日に数人にしか閲覧されないサイトを経由して読まれたとも思えない商品ページの表示を見るかぎり望ましくない関連づけのサジェストで読まれたらしい形跡はある無料化した三作品はセットで読まれている三冊ずつ売れるのではなく悪魔とドライヴPの刺激のどちらかがまず読まれその後に残りが読まれる無料本の三冊を読んだ客が逆さの月も読む可能性は低い少なくとも関連性を見いだせるほど読まれてはいない

かつてやりたいのは同人活動による交流であってプロフェッショナルの意識は持ちたくないと明言したはずの作家が同人的なアプローチをやめて Amazon 専売に鞍替えしたと聞いたそれとは別な話だが KU 以降はインターネットでうまく立ちまわれて頁数さえあればゴミでも月に数万は稼げるようになったとも聞くとはいえ以前はもっと粗悪なものが目立ったのも事実で現在は優れた作家が表示機会を独占したおかげで多少改善されて見える月に 60 万弱を稼ぐその作家でさえ一社に依存する不安を語っていてウェブサービスや大手モールを利用する以外の発想がない現状は妥当な認識といわざるを得ないがこれからの作家はいずれ自分自身がメディアになり独自サイトを主な活動の場としなければならない独自ストアを成立させるにはウェブサイト自体に集客力が求められるポッターモアは字が読める現代人なら知らぬ者はないといえるほどの超強力なコンテンツがあるからこそ成立する)。 何も巨大モール並みの集客力など必要としない少数の忠実なファンさえ得られれば成立するそのためにはいくつかの道があるひとつは個性的な作家が集ってブランディングすることだ日本では大人の事情があってこれはできないすでに既得権益のようなものがあるらしく著名人に媚びなければだれに断って商売しているのかと物陰で恫喝されたり取り巻きからいやがらせを受けたりするふたつ目は読書感想のサイトに書店機能を統合してそこで独自コンテンツを売る場合だ電子取次におけることりつぎのような仕組みが必要で実現性は薄い無数の一般人を相手にアフィリエイト級のごく小さな取引を行うほうが取次の収益は大きくなるはずでそのようなダウンサイジングと偏在化の方向に向かわねば出版に未来はないと思うのだがみっつ目がソーシャルで成功したサイトがすでにありそのサイトらしい独自コンテンツを書籍化する場合でこれは日本でも成功事例がある結局のところ現実的なのはこの道でありインターネットでうまく立ちまわれねば成功はないという堂々巡りに行き着く

他人の愚かさを利用しあるいは他人を愚かであるかのように見せかけてあたかも自分が優れた人物であるかのように装うのが往々にしてインターネットに適した立ちまわりでありそこは圧倒的に質より量そして更新頻度の世界だそれに対して小説はわかりやすくないそのひとだけの事情 (「淘汰されるべきニーズのないものに寄り添うものでなければならないし汎用性の欠如は質より量とは対極にある追い詰められたときに読む言葉は孤独であるがゆえに汎用性がなくだからこそそのひとだけの力となる人間の価値が生産性ではかられる社会において自己愛は相対評価にもとづく虫のいい妄想だそれに対して自己肯定感は絶対評価にもとづく自己受容だ相対評価としてはだれより劣っていても構わない自分にとっての絶対的な価値稼げるかどうかではなくいい本をつくれるかどうかだけを考えたいそれは世渡りとは対極のものだ好きになれないひとや考え方には距離をおき時間をかけて不特定多数ではなく共感してくれるひとだけを相手にする金を稼ぐことビジネスばかりが仕事」 (ワークではない自分で心から納得できる小説を出版しなければ金になんてならなくていい本当に誇れるものを書いて死にたい


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。