D.I.Y.出版日誌

連載第138回: 本の導線

アバター画像書いた人: 杜 昌彦
2018.
06.13Wed

本の導線

Amazon の表示にはたらいているのは市場原理ではないたまたま核となった塵が雪だるま式に膨れ上がるアルゴリズムの暴走だ消費者は見せられたものしか知り得ないからそれがいいものだと思わされてクリックするクリックされるからそればかりが表示されるインターネット特有のそうした仕組みに消費者の嗜好は反映されない本の売れ筋ランキングはアルゴリズムの暴走が生み出した幻影といってよいもし仮にあれが大多数のニーズを反映したものであったとすれば大多数ではないわれわれのニーズはどうなるのかニーズそのものがニーズがないとされ笑いものにされ淘汰されているもちろんストアには彼らの好きなように商売する権利がある同様にわれわれにも好きなものを買う権利があるしかし見つけにくかったりそもそも売られていなかったりでその権利は制限される見つけにくければ売られていないのと同じになり買われなければ実際に売られなくなるそのようにして消費者のほしいものは手に入らなくなるそれは市場原理による淘汰とは呼べまいシステムの欠陥でしかない

現在のストアのアルゴリズムはどうしても倍々ゲームになりやすい偶然の初動がときを経るにつれ極端に誇張される本でいえば Kindle ストアがはじまったとき出版社が充分なタイトルを用意できなかったのが響いたしかし当初から多様性が確保できていてもアルゴリズムに欠陥があれば大した変わりはなかったろう効率よく金を稼ぐには現状が最適解なので今後もそれでいけると彼らは信じつづけるいまはまだインターネットが一般に浸透して二十年ほどしか経っていないしその程度のアルゴリズムしか存在しないからなんとなくそんなものだと思われ受け入れられているけれども今後もずっとそれで通用するとは思えないより優れた選択肢が増えれば消費者のニーズを無視するストアはいずれ淘汰されるニーズとか淘汰といった言葉は本来そのように使うべきではないのかあるいはわれわれ消費者は実際に愚かでどれだけ貶められほしいものを取り上げられても大ストア様をありがたがるのかもしれないそれが現代の市場原理なのかもしれない消費者は彼らが稼ぐための商材でしかないのかもしれない

Amazon でものを買う流れはふたつ考えられる使いものにならないランキングやお薦めから見つける方法多くはここから買われるのだろうしだからこそアルゴリズムの欠陥がはたらきやすいもうひとつは検索だ指名買いもしくはカテゴリ分類と単語の組み合わせで買う前者であれば Amazon に至る前の文脈生成が重要になる書評や口コミだ後者であればここにもアルゴリズムの欠陥は作用するので消費者の意向を無視した表示がなされてはいるゴミばかり上位表示されあたかもそれがいいものであるかのように思わされはするしかしある程度ニッチであれば時間をかけて最後まで候補を確認でき好みのものが見つかる余地はあるここでようやく EC 特有のロングテールが活きるほしいものがあればまず Amazon で調べるという消費行動が発生したのはアカウントや送付先・支払い方法の設定を複数つくるのが面倒であることとEC が爆発的に普及する時期において UI が他店よりわかりやすかったからだろうそれにはじめての店は勝手がわからないということもあるたとえばコンビニは全国どの店でも配置が似通っていてどの棚にいけば何があるかなんとなく見当がつく個人経営の店ではその店独自のルールで配置されているので商品を探しづらいそういう利便性は確かにある

一方で嗜好性の強い商品は独自の配置がなされるほうが好ましい予期しない文脈の提示により新たな消費が喚起されるからだむしろ読者はこうした出逢いを求めて書店へ赴く棚づくりによる文脈の提示は EC が一般に苦手とするところではあるもののどちらかといえば独自ストアのほうが強いAmazon はこの方面は完全に切り棄てている現状であまりにもうまく金を稼げるので売れ行きによる機械的な文脈しか彼らは提示しない単純なシステムのほうがうまくいくということもあるだろう嗜好はあまりにも不確定で複雑であるかに見える実際には数値化できるはずだが現状は無視するほうが効率的に稼げるそのようなシステムの現状をふまえて読者のニーズに答えようとするなら出版者はストア内検索と書評や口コミを経由した指名買いの SEO に的を絞って対策するのがいいかもしれないそれと文脈の提示だ効率優先のストアと異なる価値観を提示するなら手間をかけるしかないたとえばピンチョンについての書評を見に来た客にこんな本もありますよと自著を薦める現状はせっかく訪れた客を逃しているニーズが淘汰されれば売る側も買う側も不幸だ適切な文脈や導線を考えねばならない


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。