妄想中年日記

連載第138回: 価値を高める

書いた人: 杜 昌彦, タグ:
2018.
05.31Thu

価値を高める

Amazonには売りたいものを売りたいように売る権利がある。彼らがどんな商売をしようがもちろん自由だ。けれども彼らの売りたいものや売り方は、必ずしも読者の望むものではない。そこで別な店を探すが見つからない。インターネットでうまくやることと読書とは相容れない。インターネットの商売として成立させるには読書の価値をないがしろにしなければならない。Amazonのような主流の価値観は依然として残るだろう。しかしそうであっても別の流れが生まれるはずだと信じている。大規模モールの薄利多売がある一方でセレクトショップの手工芸品があるように。後者の価値が、あるいは後者であるかのように演出された本がこれからは注目される。たとえばMicrosoftもAppleも実際にはたいした違いはないのだけれど、安売りをやめ、流通経路を見なおし、商品点数を絞って、あたかも一部の趣味のいいひとたちのための商品であるかのように思わせたことでAppleの今日がある。

これからの出版はかなりの割合が極小規模の家庭内手工業になるだろう。それはプロの品質でなければならず、いわゆるウェブ小説とは隔絶されていなければならない。広くたくさん売るよりも価値を理解する少数に深く刺さる本をめざしたい。そのためには既存の権威に気に入られようとする努力も安売りもともに避けたほうがいい。そこまではまずいいとして、では知名度を高めつつ手に入りにくい「いいもの」のように思わせるにはどうすればいいか。素人のゴミとは一線を画し、大手出版社よりも気の利いた本のように思わせるには。商売上は読み放題と極小出版は相性がいい。金を出すには躊躇する本を気軽に手にとれるからだ。けれども読み放題の客層は現状、必ずしも一般的な読書家とはいえない。その偏りはブランド価値を毀損する。またどのストアでも扱う本のほうがAmazonでしか読めない本よりも信頼度は高い。ちゃんとした本として値頃に感じられるのは480円程度だろう。それより高ければ通常の価格となり、それより安ければ素人臭が漂う。ところが実際には99円なり無料なりにしなければ手にとってはもらえない。読み放題をあきらめて多販路での露出を狙うなら99円は必須だ。しかし安物や無料には質の悪い客が集まる。そんなことになるくらいなら読まれないのを承知で480円にすべだろう。販路を広げる一方で直販では安く買えるようにするとか特典をつけるとかすればいい。

印刷版も本の信頼度を高めると考える。しかしKDP Printが使えない現状はどの手段も一長一短だ。「製本直送」は自サイトに購入ボタンを埋め込めるなど優れたサービスのように思えるがCreateSpaceの安さにはかなわない。インプレスのサービスは知名度と評価のわりに極めて使い勝手が悪い。支払い手段がクレジットカードのみでプリペイドのクレジットカードは受け付けないし、仕組みが何も整っていないので何かにつけて異様な手間がかかり、そのたびにサポートの手を煩わせて多大な迷惑をかけねばならず、そのたびに高額なオプション料金をとられ、販売価格もCreateSpaceより割増になる。ただごく当たり前に出版するだけで異様なストレスと出費を抱え込むはめになる。そのような業者をあいだに挟むデメリットと、日本語が使えることやgoogle検索結果に書籍として表示されることのメリットを天秤にかけて、それでもよいと思えるなら選択肢になり得る。儲けが得られなくても日本語が表示できなくても裏表紙が表示されても販売価格を下げたい、というのであれば現状はCreateSpaceしかない。無料で使える。

印刷版は今年の三月までに44冊売れている。そのうち何冊が自分で購入した分なのかは忘れた。多くても20冊くらいか。ちょっと困ったのはどうやら奥付の著作権表示がおかしい版がけっこう売れてしまったらしいことだ。現在までの売上は3693円。価格をぎりぎりまで安く抑えたためだ。それでも99円のkindle版44部より儲かる。amazon.co.jpはeBayと同様の拡大販路扱いになる。そこでも売れる価格にすると統一価格なのでその分だけamazon.comでの利幅が大きくなる。日本で売れてもほぼ一銭にもならないけれど海外で売れた分が利益になる。しかしその印税を手にすることはできない。海外に口座を持っていないからだ。小切手を換金すると手数料でこれまでの売上がすべて消える。その点まで考えるとインプレスのサービスは魅力かもしれない。

CreateSpaceにはまだ利点がある。5×8インチを選べばKDPの表紙画像を流用できる。この縦長の見た目が案外、海外のペイパーバック風で悪くない。日本語の読書には不向きな縦横比があえて意図したデザインに見える。インプレスのサービスで作成した四六版は、つくりは同じなのにいかにもオンデマンドで安っぽく見えた。ただしCreateSpaceでは二段バーコードが使えない。あくまでAmazonで売るためのバーコード仕様と考えて、もしどうしてもほかで売りたいのであれば、Amazonから仕入れて二段バーコードのシールを貼るしかない。そんなことをするくらいならAmazon用とそれ以外で、それぞれ別のISBNで出版したほうがいい。BCCKSの価格を調べた。これは安い。CreateSpaceとほぼ同額でつくれる。ただしAmazonに配本するにはe宅を使わねばならない。在庫管理のリスクを負うのではオンデマンドの意味がない。博打のような商売に本気でとりくむか、金持の道楽かでなければ非現実的だ。

なんにせよ読者にメリットがなければ意味がない。素人のゴミばかり増えても読者には迷惑なだけだ。それでもストアには商売になってしまう、というかむしろストアには旨味が大きい。それしか売られていないから読者はそんなものだと思ってしまう。本というものはその程度のものか、だったらほかにもっといいものがある、ということにやがてはなるだろう。ストアはそれで一向に構わない。ほかの商品を売ればいいだけだから。しかしわれわれはいい本を広めたいのであって埋もれさせたいわけではない。望ましい読書があってこその自由な出版だ。必要なひとへいい本が確実に届くようでなければ話にならない。そのために何ができるかを考えつづけている。

新しい小説をFacebookのノートで連載中。現在第三章まで公開。
https://www.facebook.com/ezdog.press/notes/


杜 昌彦

(もり まさひこ、1975年6月18日 -)著者、出版者。硬質な文体と独創的な物語で知られる。作風はアヴァン・ポップ、スリップストリーム、スペキュレイティブ・フィクションに分類される。2010年から別名義で活動。2013年日本電子出版協会(JEPA )主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、藤井太洋氏、十市社氏らによる指導を受けた『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。