D.I.Y.出版日誌

連載第136回: 価値を高める

アバター画像書いた人: 杜 昌彦
2018.
05.31Thu

価値を高める

Amazon には売りたいものを売りたいように売る権利がある彼らがどんな商売をしようがもちろん自由だけれども彼らの売りたいものや売り方は必ずしも読者の望むものではないそこで別な店を探すが見つからないインターネットでうまくやることと読書とは相容れないインターネットの商売として成立させるには読書の価値をないがしろにしなければならないAmazon のような主流の価値観は依然として残るだろうしかしそうであっても別の流れが生まれるはずだと信じている大規模モールの薄利多売がある一方でセレクトショップの手工芸品があるように後者の価値があるいは後者であるかのように演出された本がこれからは注目されるたとえば Microsoft も Apple も実際にはたいした違いはないのだけれど安売りをやめ流通経路を見なおし商品点数を絞ってあたかも一部の趣味のいいひとたちのための商品であるかのように思わせたことで Apple の今日がある

これからの出版はかなりの割合が極小規模の家庭内手工業になるだろうそれはプロの品質でなければならずいわゆるウェブ小説とは隔絶されていなければならない広くたくさん売るよりも価値を理解する少数に深く刺さる本をめざしたいそのためには既存の権威に気に入られようとする努力も安売りもともに避けたほうがいいそこまではまずいいとしてでは知名度を高めつつ手に入りにくいいいもののように思わせるにはどうすればいいか素人のゴミとは一線を画し大手出版社よりも気の利いた本のように思わせるには商売上は読み放題と極小出版は相性がいい金を出すには躊躇する本を気軽に手にとれるからだけれども読み放題の客層は現状必ずしも一般的な読書家とはいえないその偏りはブランド価値を毀損するまたどのストアでも扱う本のほうが Amazon でしか読めない本よりも信頼度は高いちゃんとした本として値頃に感じられるのは 480 円程度だろうそれより高ければ通常の価格となりそれより安ければ素人臭が漂うところが実際には 99 円なり無料なりにしなければ手にとってはもらえない読み放題をあきらめて多販路での露出を狙うなら 99 円は必須だしかし安物や無料には質の悪い客が集まるそんなことになるくらいなら読まれないのを承知で 480 円にすべだろう販路を広げる一方で直販では安く買えるようにするとか特典をつけるとかすればいい

印刷版も本の信頼度を高めると考えるしかし KDP Print が使えない現状はどの手段も一長一短だ。 「製本直送は自サイトに購入ボタンを埋め込めるなど優れたサービスのように思えるが CreateSpace の安さにはかなわないインプレスのサービスは知名度と評価のわりに極めて使い勝手が悪い支払い手段がクレジットカードのみでプリペイドのクレジットカードは受け付けないし仕組みが何も整っていないので何かにつけて異様な手間がかかりそのたびにサポートの手を煩わせて多大な迷惑をかけねばならずそのたびに高額なオプション料金をとられ販売価格も CreateSpace より割増になるただごく当たり前に出版するだけで異様なストレスと出費を抱え込むはめになるそのような業者をあいだに挟むデメリットと日本語が使えることや Google 検索結果に書籍として表示されることのメリットを天秤にかけてそれでもよいと思えるなら選択肢になり得る儲けが得られなくても日本語が表示できなくても裏表紙が表示されても販売価格を下げたいというのであれば現状は CreateSpace しかない無料で使える

印刷版は今年の三月までに 44 冊売れているそのうち何冊が自分で購入した分なのかは忘れた多くても 20 冊くらいかちょっと困ったのはどうやら奥付の著作権表示がおかしい版がけっこう売れてしまったらしいことだ現在までの売上は 3693 円価格をぎりぎりまで安く抑えたためだそれでも 99 円の kindle 版 44 部より儲かるamazon.co.jp は eBay と同様の拡大販路扱いになるそこでも売れる価格にすると統一価格なのでその分だけ amazon.com での利幅が大きくなる日本で売れてもほぼ一銭にもならないけれど海外で売れた分が利益になるしかしその印税を手にすることはできない海外に口座を持っていないからだ小切手を換金すると手数料でこれまでの売上がすべて消えるその点まで考えるとインプレスのサービスは魅力かもしれない

CreateSpace にはまだ利点がある5×8 インチを選べば KDP の表紙画像を流用できるこの縦長の見た目が案外海外のペイパーバック風で悪くない日本語の読書には不向きな縦横比があえて意図したデザインに見えるインプレスのサービスで作成した四六版はつくりは同じなのにいかにもオンデマンドで安っぽく見えたただし CreateSpace では二段バーコードが使えないあくまで Amazon で売るためのバーコード仕様と考えてもしどうしてもほかで売りたいのであればAmazon から仕入れて二段バーコードのシールを貼るしかないそんなことをするくらいなら Amazon 用とそれ以外でそれぞれ別の ISBN で出版したほうがいいBCCKS の価格を調べたこれは安いCreateSpace とほぼ同額でつくれるただし Amazon に配本するには e 宅を使わねばならない在庫管理のリスクを負うのではオンデマンドの意味がない博打のような商売に本気でとりくむか金持の道楽かでなければ非現実的だ

なんにせよ読者にメリットがなければ意味がない素人のゴミばかり増えても読者には迷惑なだけだそれでもストアには商売になってしまうというかむしろストアには旨味が大きいそれしか売られていないから読者はそんなものだと思ってしまう本というものはその程度のものかだったらほかにもっといいものがあるということにやがてはなるだろうストアはそれで一向に構わないほかの商品を売ればいいだけだからしかしわれわれはいい本を広めたいのであって埋もれさせたいわけではない望ましい読書があってこその自由な出版だ必要なひとへいい本が確実に届くようでなければ話にならないそのために何ができるかを考えつづけている

新しい小説を Facebook のノートで連載中現在第三章まで公開

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(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。