杜 昌彦

D.I.Y.出版日誌

連載第136回: 知られる

杜 昌彦書いた人: 杜 昌彦, タグ:
2018.
05.17Thu

知られる

読み放題なら気軽に試せる。たとえ99円であっても無名のゴミに支払いたくないのが当たり前の心理だ。またせっかく読み放題に入ったのに読みたい本がない、となればとりあえず目についたものを試すだろう。多販路展開していた著者が敗北感を滲ませて専売に戻ってくる例をいくつか目にした。その一方でインディ本はアマチュアであることに関連づけられて読まれていく傾向も確かにある。それが伝播の初期に作用する。その客層が求めるのは稚拙さや身内意識による親しみであり、プロフェッショナルな小説とは対極にある。素人によるネット小説がまさにそのように消費される。つまりKUのかなりの割合がネット小説の延長として読まれている。ここではまともな作品ほど嫌われる。読まれるとミスマッチでろくなことにならない。

おそらくKUユーザの多くはインターネットで過ごす時間が多い層だ。そのほとんどは偏ったものを好む。それよりも世間一般の読書好きに目を向けたい。彼らの目にとまるにはどうすればいいか。現時点でもっとも手応えを感じるのは印刷版だ。インターネットでは海外でしか売れない。しかし知り合いに勧めるとKindle版は迷惑がられるだけなのに対して、印刷版は高い割合で読んでもらえる。感想どころか読むことを強いたわけでもないのに(一度ならず自発的に関心を示してくれた相手にだけ「名刺みたいなもんですよ」とか「記念品です」などと弁解して手渡し、あとは忘れてしまう)、彼らは最後まで読んで感想を教えてくれる。手渡す相手を選んでいるからある程度は当然ともいえるが、それがいわゆる自費出版本であることを思えば、通常ならそれがもとで疎遠になってもおかしくないところだ。積極的に外へ出向いて多くのひとと会い、それこそほんとうに名刺として印刷版を配り歩いて、気に入ったら電子版を99円で購入するよう頼む。どの店でも買えるようにしておく。そういう手はありうるかもしれない。

しかし見方を変えれば、本は人づてにしか読まれない、という単純な事実を示すだけにも思える。KU開始前後に成功した著者の多くは、社会生活においてあらかじめ多くの支持者がいて、Facebookなどを通じて彼らに告知し、おそらくは発売にあわせて購入させ高評価レビューを投稿させることで露出し、倍々ゲームの軌道に乗せた。成功した直後に批判を畏れてFacebookを非公開にした著者もいるが、この手法は適正なものでAmazonも認めている。知ってもらい、関心を持ってもらうには著名な書評家にとりあげられるのも重要だ。それもまた「人づて」の一種だ。あのひとが書くもののルーツを知りたい、というのはまっとうな読書の文脈である反面、人間が書くものであるからには、人づきあいや好意といった因子は切り離せない。世渡りが巧みでなければどうにもならない。逆にいえば世渡りの技術さえあれば支持者に印刷版を読んでもらい、場合によっては99円を支払ってKindle版を購入してもらい、レビューしてもらうことでKUは不要になる。専売をやめて多販路展開を選ぶことができるし、多販路であれば購入もレビューもしてもらいやすい。Amazonではなく楽天を使っているユーザが多いからだ。

結局ここで堂々巡りになる。専売にしようが多販路を選ぼうが、読まれるためには世渡りのゲーム的な才覚が必要なのだ。そうしたものがまるでだめなひとたちに向けた小説を、彼らと同じ場所に立ちながらどのようにして売ればいいのか。ディスプレイ広告は人づてによらず不特定多数の目に触れる、という点では意味があるが目についただけではだめだ。クリックさせて商品ページへ遷移してもらい、さらには購入してもらわねばならない。その上でアカウント登録やクレジットカードの障壁が待っている。ひとは得体の知れないものをクリックはしない。ましてさまざまな関門を越えて購入までたどり着くはずがない。それらを乗り越えてまでどうしても買いたい、と強く思わせねばならない。そのためにはあらかじめ望みの客層に直結する支持層をつくっておく必要がある。もしも毎日欠かさず一冊ずつ、そのときどきでもっとも話題の本を読み、感想をブログに投稿していたら、いずれは理想の客層が得られるかもしれない。その上で小説を量産すれば読まれやすいだろう。物理的に不可能であるからには机上の空論に過ぎないけれども、しかし、大量に読んで大量に書くしかやはり道はないのだとも思う。それはそれで健全なことだ。


(もり まさひこ、1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、藤井太洋氏、十市社氏らによる指導を受けた『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『ぼっちの帝国』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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