妄想中年日記

連載第135回: 拡張する

書いた人: 杜 昌彦, タグ:
2018.
05.16Wed

拡張する

いろいろ考えたがやはり多販路展開と直販が自分には合っていそうな気がする。Amazonでしか買えない本はpublishしたと称するには不充分だ。専売にして読み放題にしなければ収入は得られないけれども、収入なんてあったところでせいぜい月に数千円でしかない。収入の多い素人は必ずしも作品の実力ではなく、Amazonに優先的に表示されたことによる倍々ゲームでしかない(優れた作品もなかにはあるが、質は成功の要因ではない)。そしてその優先表示の流れを探ると、結局世渡りのスキルでしかないことがわかる。もっといえば世渡りのスキルからゲームのスキルへつなげる才覚と量産だ。世渡りもゲームのスキルではあるけれど、より数値のパラメータの最適化的なスキルになる。あとは量産。それも要するに表示機会の拡大のためだ。ストア内で商品を探す客が実際にはばかにならないほど多くて、そういう客の前にいかに多くの面積で表示するかが鍵となる。

Amazonに気に入られなければ表示される機会はない。それが薄々わかっているからだれもが特定の厄介なひとたちに媚びる。そのひとたちはAmazonと直接のつながりはないけれども目につきやすく、彼らに気に入られることはAmazonの評価に影響する。彼らもまた世渡りのスキルと数値パラメータ最適化のスキル、量産のスキルに長けていて、要するに評価経済においてうまくやっていて、中央在住でさまざまなひととのつながりがあるからだ。中央の人間が粗製濫造でひとのつながりでゲーム的な才覚で……とやるのでは従来の出版となんら変わりない。極小規模の出版をやる意味がない。しかしそれはあくまでAmazon礼賛のピラミッドを想定した場合だ。これまでのインターネットは何につけてもそのような構造ばかり目についた。そのことは四年前に書いた。

評価経済の換金装置をハックする

しかしAmazonばかりが書店ではない。インターネットにはもっと潜在的な可能性がありそうな気がする。さしあたりAmazonについてだけ考えるなら、ストア内に表示させようとするから媚びるしかなくなる。ストア内だけで生態系を完結させようとするからだ。ストアの表示をコントロールする力は著者にはない。読書と出版という観点だけからいえば、そこがそもそもおかしい。物事をコントロールするのは読者と著者でなければならない。あるいは編集者であってもいい。断じてストアや、なんだかよくわからない部外者ではない。しかしストアはストアのものだから、そういう意味で彼らが表示を決めるのは道理だ。他人に口を挟む権利はない。個人はもちろん国家であろうとだ。それはそれでとても重要なことだ。

ストアが何をどう売りたいか決める権利をもつように、著者にも本をだれにどう売りたいか決める権利があり、読者にも好きなものを好きなように読む権利がある。Amazonは顧客第一主義と称していながら実際には読者のことなど考えてはいない。考えていたならあんな表示にはならない。客の好みを無視してストアの都合ばかり押しつけてくる。客は見せられたものしか見えないからそういうものだと思っていて、その欺瞞をもとに表示の倍々ゲームは加速し、利益とともにゴミの表示率も膨れ上がる。そういう場を自著にふさわしいと見なし自らを最適化するか否か、という話だ。そうしたければそうすればいいし、合わないと思えば別にAmazonにこだわる必要はない。自分にぴったりのストアが見つかればそれでよし、なければつくるのも手だ。

あらかじめ評価経済の勝者でなければ独自ストアが閲覧される可能性は皆無だ。となればひとつひとつは自著に合わなくても、とにかく多くの店に出品して、なんならディスプレイ広告も書評サイトに出しまくり、少しでも多く人目につくようにする、という選択肢が残る。とにかく目につかなければ話にならない。ただしそこから先はAmazonに迎合するよりもはるかに困難な作業となる。インターネット企業の役員をしていて、そうした分野に詳しいはずの著者でさえも、わざわざ装幀や販売方法を特殊にして、読まれないいいわけをそこに求めるようになってしまった。彼の場合は一作目がすばらしすぎたのでその後迷走しているだけだとは思うけれども。

多販路展開をするにあたっていくつかの問題がある。まず自サイトのUIだ。ASINを入力するとさまざまな箇所が自動的に表示されるようにしてある。多販路にするとその辺のUIを設計しなおさねばならない。入力項目が増えるのは困るし自著の商品ページのみ別のテンプレートを当てる必要もある。カート機能をどうするかという問題もある。プレビュー機能もあるBCCKSを以前のように利用したい考えもあるけれども、たしか自前のepubをそのまま配布・販売することはできなかったはずだ。それにepubはepub、オンデマンド用のpdfはpdfでそれぞれ専用のアプリケーションで制作し、すべてのストアで共通化したいのに、分割されたテキストボックスにはりつけて修飾して……の面倒なくりかえしを、わざわざBCCKSのためだけにしなければならない。epubアップロード機能は一行空けが無効になるなど使いものにならなかった。現実的な選択肢とはいえない。

サイトのUIはどうにかなるが無視できないのはプリントオンデマンドのペイパーバックだ。CreateSpaceを利用する以上Amazonでしか売れない。米国では外部ストアとしてeBayなど複数のストアでも売られるようだけれど、日本ではたとえば楽天に出品されることはない(少なくとも知るかぎりは)。加えてバーコードがAmazon独自のものになる。米国のペイパーバックはあのような形状なのかもしれないけれども日本では通用しない。どうしても売りたければ二段バーコードのシールをつくって貼りつけるしかない。CreateSpaceから取り寄せてシールを貼り、楽天などのストアに出品するのは理論的には可能だけれども、手間がかかりすぎて現実的ではない。そもそも、だからこそのオンデマンドだった。ここをどう解決するか。

二年ほど前にBCCKSに問い合わせたところISBNを使うことは可能だという話だったが、よくよく聞いてみると提示されたのは、装幀画像に二段バーコードを含めるという原始的なハックのような方法だった。まぁそれでもいいのだけれど、バーコードが印刷されたからといって配本手段がなければ自己満足の役にも立たない。であればCreateSpaceのペイパーバックにシールを貼るほうがまだましだ。CreateSpaceで5×8インチを選べばKDPと縦横比が同じなので、表紙画像を共通化できる。あと考えるべきは量産に変わる手段だけれども、そんなものはない。極小出版であろうとそこからは逃れられなかった、というのがひとまずの結論だと思う。質を落とさずに速く大量に書けるようになるしかない。それは芸の追求であり、読者と真剣に向き合うことであり、そのような目標においてであるならば、Amazonの表示がどのようであろうと関わりなく努めるべきことだ。しかしジョブズ復帰後から現在に至るまでのAppleが、商品点数を絞りハードウェアのアップデートすら頻繁ではないことを思えば、そしてそうすることでブランド化に成功していることを思えば、「速く多く」すらも唯一の正解ではないように思える。


杜 昌彦

(もり まさひこ、1975年6月18日 -)著者、出版者。硬質な文体と独創的な物語で知られる。作風はアヴァン・ポップ、スリップストリーム、スペキュレイティブ・フィクションに分類される。2010年から別名義で活動。2013年日本電子出版協会(JEPA )主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、藤井太洋氏、十市社氏らによる指導を受けた『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。