D.I.Y.出版日誌

連載第132回: 「ひとり」を肯定する

アバター画像書いた人: 杜 昌彦
2018.
05.15Tue

「ひとり」を肯定する

筆名を変えて印刷版をつくりなおしたAmazon.com の著者セントラルをはじめて触ったAmazon.co.jp は簡易版といえるほどの機能限定版だと改めて思い知ったフルスペック版を使える見込みはなさそうだインスタントプレビューにしてもブックレビューにしても KDP Print にしても日本で使えたらどれだけ状況が変わることか一方で地味に対応をはじめている部門もあるAmazonCrossing がいつのまにか日本語表示に対応していたメールも日本語で届いたAmazon は基本的に金になる相手としか取引しない売上だけではなく意のままに管理できることも含む)。 日本人で試している先人を探したいたと思ったら三浦しをんだった。 『舟を編むの翻訳のようだ出版社名はまちがいなく AmazonCrossing になっている講談社なら一枚噛んでいそうだと思って調べたら日本版の版元は光文社音羽グループではある。 「舟を編む 翻訳」 「三浦しをん AmazonCrossingのどちらで検索しても何も出ないAmazon が直で作家と契約したのだとしたら事件のように思えるそんなニュースは聞いたことがないビッグネームが版元をないがしろにするわけがないから社会性がなければ成功できない)、 おそらくちゃんと話をつけてあるのだろう詳しい経緯を知りたい大手出版社の動向は自分とは関わりがないので単なる好奇心だ

CreateSpace で作成した本は Amazon.co.jp で通常 1 ~ 3 か月以内に発送しますと表示されるまでは発送されないようだ三月の注文分も四月の注文分もいちどに届くことがわかった四月の注文時からはちょうど二週間これまでとおなじ期間で届いた計算だぱらぱらめくって出来を確認する奥付に驚愕した著作者表示が旧筆名のままになっている何度も確認したはずなのに修正しようとしたが元ファイルが行方不明PDF はあるのだが Indesign のが見つからないやむなく PDF の該当箇所だけ入れ替えて再出稿したもし PDF が正しいものでなければたかが一箇所の修正がもとでかえって問題を大きくしたかもしれない修正版と同時にPの刺激』 『KISS の法則の二冊も刊行したAmazon.co.jp の在庫はないままだが英国の業者からはすぐに買えるようになった高くつくが二週間で届くCreateSpace から直接に速達で買うのに近いCreateSpace 版はなぜか印刷がズレるし色味もおかしいので Amazon から買うほうがいい

本はガツガツ売ろうとすると逆効果のようだ時間をかけて知ってもらうのがいい広告でサイトへ導いたところで一度きりの訪問で終わり持続的な効果は望めないクリックではなく Facebook ページのいいねを求めれば記事を投稿したときに読んでもらいやすくなる可能性はある機械的にいいねする層が主だから直接の効果はないけれども閲覧数は微増した支払いの段になって Facebook 広告でインスタでの配信をオンにすると別料金がかかることがわかったそんな説明はどこにも記載されていないただトグルスイッチがあるだけだ知らずに金を突っ込みすぎた学習コストとしてこれくらいなら⋯⋯と眺めていた額は Facebook 分だけだった本が売れる期待はもとよりなかったが好奇心はさほど満たされなかったし広告によって何が変わったということもない見返りが少なすぎる

現在の Amazon ではページ数の大きなものがストアで大々的に優先表示されると収益になる確証はないがこの優先表示のきっかけは単に機械的な売上だけを参照しているのではないような気がする売上はもちろんだがそれ以外の要素で Amazon に気に入られることつまり世渡りの巧みさも関わっている印象がある少なくとも Amazon に批判的でかつ成功した著者を見たことがないいずれにせよ自著が Amazon で優先的に表示される可能性はない二年前に KU のカルーセル表示に取り上げられたことはあったがその際の売上やレビューなどの反応が基準に達しなかったらしく以降は選ばれないコントロールできないものにはなるべく関わらず自力でやれることに注力したいディスプレイ広告を実施して 99 円で直販を含むマルチストア展開をすることを考えた露出による知名度向上と信頼性の獲得という利点はある配信業者を通せばブックパスの読み放題も使える現状では独自ストアで読み放題を実現する手段はないし肝心の KU からはずれることになる定額ストリーミング全盛のこのご時世に単品売りに移行するのかわざわざ管理の手間を増やし KENP を犠牲にしてまでやる価値はあるのかそもそも商売ではなく趣味なのだ。 「愉しむという観点からどう考えるか

とりあえず KDP セレクトの自動更新は解除したが販路を広げると管理が厄介になる更新が手間だしあいだに業者を挟めば商品も売り方も思うようにコントロールできなくなる不安要素も多いたとえば BW は表示される場所に難があるiBooks は業者を通してしか配信したことがないので直接取引するのがどんな感じかよくわからないふりかえれば他販路展開にしても常時無料にしても何にしてもことごとく早すぎたりやりすぎたりしていたジャンルを指定して常時無料で露出するというやりかたを真似した連中はすべてを常時無料にするのではなく99 円にしたり本命を 250 円にしたりしてうまくやったつまらない連中と近づきすぎたのも失敗の大きな要因だおもしろいひとたちと関わりたくてもつまらない人間がそこで幅をきかせていたら避けるに越したことはないやむを得ず筆名を変えたが弊害は山ほどあるamazon は旧筆名でリスティング広告をやってくれていたどうも最初期の試験的な施策だったらしいあれが無駄になったし印刷版をつくりなおすのは手間だったほんの一時期出版停止したコンテンツを削除できる機能が KDP にはあったおかげで旧筆名の本の多くを消せた英国の業者が出品している不本意な試作品が残ってしまったのが残念だ買い占めるしか手はないが棄てるためだけに買うのも癪だ何冊在庫があるのかもわからない

新ドメインで再出発したときの目標は愉しむということだった悪意あるひとたちも Amazon の客層もコントロールできない唯一コントロールできるのは自分だ自分が愉しむことだけを目標としたサイトも出版レーベルも出版活動もそのための手段だったはずなのに最近ぶれてきた軌道を元へ修正しなければ自分が愉しむために何か中心的なものが欠けている周縁にあるものにしてもどれも中途半端だ平日は書けないし書いている間は一冊も読めないので小説が進まない上に読書感想すら更新できないもし仮にそれができたとしてもそれだけではだめだいまやれることはなんなのか。 『黒い渦を出版停止にして登録読者のみに無料配布することを考えたそのためにはサイトを会員制にしなければならないただ機能を実装するだけならさほど手間ではないが実際には会員制であることをふまえて UI やデザインを考えなおさねばならないそれほどの手間と時間をかけて何が得られるのかそもそも他人というコントロールできない要素の上で成立する施策だ現実的ではないプライスマッチで常時無料にしてもいいがAmazon の意向に左右される要素は増やしたくないそれに無料にすると悪い客がつく無料キャンペーンを試して改めて実感したどんな方法をとっても関連商品がゴミに汚染されるしゴミを期待する客によって悪いレビューがつく可能性もある。 『悪魔とドライヴのオーディオブックをつくることも検討した朗読は聞いてみれば意外に愉しめるものだけれどみずから進んで聞く機会はいまのところない自分が使わないものをつくる気にはなれない機材を揃える気にもなれない揃えたら揃えたでやれることが増えそうだが増えてもやれる手間と時間と体力はない無駄に使える金があるなら本を買うほうがいい読まれることより書くことを考えるべきなのと同様に

二十年前の習作砒素と携帯ロックンロールを書き直しているただの改稿ではなく語りなおしているハードボイルド文体を棄てて語りの要素を強化する訓練だこれまで書いたもののうちではもっとも政治的な小説だ近年の世間の動きを見ると二十年前よりだいぶ理解されやすくなったように思う好きにやる愉しめればいい書いた端から Facebook ページで公開することにしているAmazon.co.jp の偏ったニーズに適さないからといってニーズがないということにはならない少なくとも自分にはあるし自分が特殊だとは思わないAmazon.co.jp のニーズ宗教や民族や国家のニーズ学校や職場のニーズいろいろあるだろうそれらのどこにも属さないニーズもあって小説の仕事はむしろそこに関わっているたまたま力のある多数派についているからといってそればかりが正義ということにはならない異なる相手に対して価値がないと決めつけ笑いものにして淘汰しようとする連中とは関わりたくないそういう連中が生きやすい場所からは全力で遠ざかり愉しいと信じるものを独力で愉しむ書くことも出版も読書もそれぞれのひとりを肯定する信念に関わるものだしそういう力を信じられないようではやる意味がない金は正義かもしれないがそれだけが正義ではない


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。