杜 昌彦

D.I.Y.出版日誌

連載第131回: 呼ぶ

杜 昌彦書いた人: 杜 昌彦, タグ:
2018.
04.26Thu

呼ぶ

Amazonへのリンクはクリックされない。にもかかわらず広告期間中はわずかながらコンバージョンがある。Facebook広告を休止すると完全に途絶える。広告がコンバージョンに影響したか否かは不明だが、広告していない時期にコンバージョンがないのは確かだ。明確な傾向が読みとれるのは水曜の落ち込みだけ。理由はわからないが水曜だけ広告がクリックされないしKENPのグラフも動かない。あとは想像を逞しくしての印象でしかないが、広告のクリック率とKENPのグラフは変動がほぼ一致する。広告はやらないよりやったほうがいいかもしれない。サイト広告とランディングページ広告は同時に走らせたほうがコンバージョンが微増するような気がする。しかし持続することを重視するならどちらかに絞ったほうがいい。月に三千円なら冗談や酔狂の類いで済むが、その倍となるとつい見返りを期待したくなる。健全ではない。クリックイベントを計測してみた。ランディングページからAmazon商品ページへ飛ぶリンクはまったくクリックされていない。広告がどれだけクリックされてもランディングページで離脱されていた。広告の反応がいちばんいいのは18-24歳の女性。彼らがKindleを利用していない可能性も考えられる。この国の女性はガジェット的な玩具から遠ざけて育てられるからだ。しかしランディングページに訴求力がないと考えるのがまずは妥当だろう。

では広告とランディングページを経ずにどんなルートで見出されているのか。無料キャンペーンを実施した際に低品質なアマチュア本と関連づけられてしまったので、そういうものを期待するユーザに読まれている可能性は高い。だとしたらデメリットしかない。コンバージョンには直結しないがランディングページではない記事の自著紹介がクリックされることはある。どの記事なのかはわからない。このサイトにはなぜか読まれやすい記事がいくつかある。もしそういったところから興味を持たれるのであれば望ましい道筋だ。関連記事を表示させるなどして回遊性をあげる必要がある。「いますぐほしい客」向けの戦略と、じっくり時間をかけて商品について知ってもらって最終的に買って読んでもらう、あわよくば感想を共有してもらう戦略を、それぞれ別に考えたほうがいいかもしれない。自著はモールと相性が悪い。販売機能と汎用性の関係でAmazonは(現状)使わざるを得ないが、そこへ至るまでの導線はなるべく独自でやりたい。低品質な本を好むモールの文脈で読まれたくないし、そうした価値観で裁かれたら不当な扱いを受ける。本好きの読者に長い時間をかけて知ってもらい、最終的に買って読んでもらうのがいい。サイトのコンテンツを充実させて回遊性を向上させるつもりだが、その前にひとが訪れなければ知ってもらいようがない。

集客手段を考えた。メルマガは顧客の要望にあわせた商品開発や販促展開をすることができる。海外の出版情報を読んでいると、どの記事でも集客に効果があるのはEメールだと書いてある。ひとりのメールアドレスはSNSにおけるフォローやいいねの二十数倍の価値があるという。それは読者の懐に飛び込み、私的なつながりを得ることであり、熱心なファンを獲得することにつながる。海外では登録読者に未出版の短編を配信したり、出版予定の表紙をひと足早く限定公開したり、といったことが行われている。著者サイトやメルマガに登録すれば独自コンテンツが愉しめる。そのようにして潜在顧客を呼び集めて囲い込み、刊行時に確実に購入してくれるファンを増やす。五年ほど前の時点で人気ドラマにも描かれるほど当たり前の販促手法になっている。しかしそれはあくまで海外の話だ。この国では広告メールといえば楽天の印象があり、きわめて迷惑なものとして捉えられている。自動的に届くメールは、たとえオプトインで求めた情報でさえも、遅かれ早かれ読まずに棄てるようになる。まして悪名高きオプトアウトに迷惑した経験があれば、わざわざ棄てる作業を増やすだけの配信登録はしない。

にもかかわらずWordPressを利用した日本語の情報サイトの多くがメルマガ登録を促している。であるからにはそれなりの意味はあるのか。記事の新着を知りたいというニーズは確かに取りこぼしたくない。代替として考えられるのはプッシュ通知だ。残念ながらまだ一般に浸透しきっていない。見慣れないものに登録するのはだれでも不安だ。また利用しているプッシュ通知は多くの閲覧があるスマートフォンのブラウザに対応していない。プロフェッショナルな技術者としての登録が必要であるためだ。次に考えたのはLINE。ビジネスアカウントを取得すればやれることが多いと聞いている。懐に飛び込むメルマガ的なFacebook広告、といった印象がなんとなくある。恋愛小説の販促には適していそうだが個人的に不信感がある。最後に考えたのがリスティング広告。そんなことに金と手間暇をかけるくらいならSEOをがんばったほうがいいと考えていたが、あるとき「恋愛小説」で検索しようとしたら「恋愛小説 切ない」と候補が出て、そういう検索が広くなされているのかと目から鱗が落ちるような思いをした。「いますぐほしい」型の集客にはありかもしれない。

ただしこの需要につなげるには有料のKindleは足枷が多すぎる。すでに述べたようにFacebook広告で反応がいい層はkindleのようなガジェットに親しみが薄い可能性がある。場合によってはクレカすら持っていないかもしれないし(Amazonで携帯決済ができるようになったのはつい最近だ)、そもそもコンテンツに金を払う習慣がないかもしれない。むしろ親しみが持てて共感できるからという理由で、素人の作品を好む可能性すらある。Amazonのアカウントすら持っていないということはないだろうけれども、それはおそらく地域差によるだろう。この国は先進国とはいえないほど男女差や都会と地方の差が大きい。たとえばKindleのユーザはほぼ都会にしかいない。もし、あえてやるとしたら無料配布にあわせて短期間のリスティングだろう。ただし効果はFacebook広告より薄そうだ。2010年の時点で時代遅れになっていた。金の問題を別にしても学習コストに見合うとは思えない。

本の紹介を開放してだれでも書けるようにすることも検討した。BuddyPressにはメルマガとSNSのいいとこ取りになる可能性がある。著者と読者の交流は販促上、有望とされている。日本でも村上春樹が期間限定でその試みを行っている。しかし彼でさえ著者サイトで恒常的に顧客と交流しているわけではない。筒井康隆が三十年前に『朝のガスパール』で書いたように、著者と読者のあいだには隔たりが必要なのだ。よくも悪くも一方的な関係でなければならない。このサイトが記事にコメント欄すら設けないのはそれが理由だ。コントロールできない要素は増やしたくない。どう考えても他人を招き入れるのは得策ではない。またコンテンツ特性との相性もある。広く浅くではなく特定の層に深く刺さる書き方をしている。そういう層は埋もれて可視化されない。数のなかに身を潜めている。彼らの目にとまるにはどうすればいいか。効果のあるなしにかかわらずアドワーズのイメージ広告に関心がある。実際に試すかどうかはわからない。学習コストを考えれば次の小説を書くべきだろう。しかし適切に扱われないのを知りながら先に進む気にはなれない。もうしばらくは客筋の改善や販促に悩むことになりそうだ。


(もり まさひこ、1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、藤井太洋氏、十市社氏らによる指導を受けた『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『ぼっちの帝国』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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