D.I.Y.出版日誌

連載第123回: ジャックダニエルに乾杯

杜 昌彦書いた人: 杜 昌彦, タグ:
2018.
03.17Sat

ジャックダニエルに乾杯

旧名義で活動していたサイトを削除してドメインを解約した。すべての本をいずれ杜昌彦名義で出しなおすつもりだ。絶版にした粗悪なパイロット版『悪魔とドライヴ』がなぜかまたストアに出ている。外部業者が売れ残りを出品しているようだ。inDesign導入前の試行錯誤による失敗作なのでまちがって買われると困る。CreateSpaceに問い合わせたがおそらく店側が何を売ろうが勝手だといわれるだろう。いったん市場に出したものは回収できない。配信停止にできていたうちに著者ページから削除する依頼をしておくべきだった。著者ページ自体も削除する手段がない。他人にふりまわされたくなければAmazonを使うべきではない。サイト内で生態系を完結させるのが理想だ。現状はインフラにAmazonを利用しているので出口は必然的にそこになる。Amazonフォローは外部サイトに設置できないようだ。インスタントプレビューすら日本では対応していない。埋め込みそのものは機能しているだけに残念だ。Amazonの商品ページを経ずにカートに追加できるボタンのつくりかたを、別のことを調べていて偶然知った。Kindle本では無効なので意味がない。サイトの商品ページに価格と出版社を表示するようにはできた。ブラウザのキャッシュが効いていると更新されない。作業中にたまたま訪れたお客さんはキャッシュを削除しないかぎり今後ずっと表示がおかしくなる。夜中にやるべき作業だったかもしれない。日に十人しか訪れないサイトだが、そんなときにかぎって閲覧されている。

私的領域に他人を踏み込ませたくない。サイトをどの程度、公共の場として捉えるか。基本的には一方通行の媒体にしたいがそうでない余地も残したい。現状はお問合せフォームをトップページに表示している。アンケートのフォームを載せる手もある。登録すればアクティヴィティにだれでも書き込めるようにすることもできる。フォーラムやゲストブックを設置することもできる。どれも一長一短だ。日記にコメント欄を設けるつもりはない。感想を書きたければソーシャルメディアなり自分のブログなりでやればいい。アクティヴィティは、サイト全体のアクティヴィティとアカウントページを使い分ければ公私を切り分けられる。しかし個人で使うことに特化して構築したので全体のUIを考えなおさねばならない。そうまでして他人を招き入れても集まるのは悪意だけだ。ゲストブックも同様に悪口しか書き込まれまいしフォーラムは使い勝手がよくない。そもそも他人の本を出さないのであれば議論の場は必要ない。そう考えると理想はAmazonフォローのボタンだけれども望み薄だ。メールで更新通知が届くようにすることも考えた。好きな店から商品を紹介する読み物が届くと嬉しい。事務的な通知はスパムでしかない。やるなら何らかのコンテンツを盛り込まねばならないがその手間はかけられない。jetpack連携で「いいね」とWordPressフォロー機能を試した。「いいね」は見栄えがおかしかった。フォローボタンはどうしても中央寄せができなかった。おまけにjetpackを有効にすることでなぜかアクティヴィティのアバターが小さくなる。どちらもWordPress.comをRSSリーダのように使うための機能であるらしく、CSSで悩む価値は感じられなかったので無効にした。プッシュ通知は導入したが対象ブラウザが限定されるためかほとんど使われていない。RSSを配信停止して以降、多くの客はわざわざトップページを訪れて更新を確認しているようだ。

二年前、現在このサイトで実現しているような機能を不特定多数に提供しようとした。紹介する本をセルフパブリッシングものにして、利用者がだれでも本の紹介や日記を書けて、アクティヴィティで出版のための議論を自由にできるようなイメージだ。専用サイトをそのために用意した。そこで予定した機能はCreateSpaceが有償で請け負っていたプロフェッショナル・サービスに相当するものだった。業者によらず著者たちが自力で企画、編集、装幀、販促を行えるようにするのが目標だった。「だれでも」は最終段階であって、最初から完全に開放してしまうと「出版の手段」(自己実現ツール)ではなく「交流の場」(ソーシャルなコミュニティ)に堕する。まず少数がお手本を見せた上で徐々に解放する予定だったが段取りに失敗した。だれも理解しなかったしこれからも理解されることはない。それはそれで構わない。試して、うまくいかなかった。それだけのことだ。品質向上を著者だけが望まないのであれば怠慢だけれども、そもそも消費のありようからして独特だった。Kindle本はこの国での受容の過程と、システムの特性のため独特な読まれ方をされている。Amazonは嗜好ではなく消費を評価軸として商品を表示するので「いいものが売れる」とはいえない。たまたま品質が伴うことはあるかもしれないが、基本的にはただ「売れたものが売れる」のであり、その小さな塵を核にして雪だるまは加速度的に膨れ上がる。結果としてそこでの消費は、嗜好を主体とした読書から遠ざかる。善悪ではなく、ただそういうものなのだ。多くの消費者はそのようなシステムを支持する。おれは好まない。嗜好をないがしろにするシステムが市場において圧倒的な力を持つと、読みたい本がいずれ読めなくなる。しかしAmazonの利便性を否定するつもりはない。使える機能は利用する。

新作は冒頭のシークエンスから一枚も進んでいない。若いときは六百枚くらいの小説を恒常的に書いていた。2004年に『KISSの法則』を書き終えて『Pの刺激』のプロットを書いた時点までが能力のピークだった。2005年に『Pの刺激』を書き終えてから明確に衰えを感じはじめ、2006年にゴミをふたつ書いたのを最後に2007年から完全に書けなくなった。2014年に必死で這い上がってゴミを書き、翌年に躁転して『悪魔とドライヴ』を書いた。躁は落ち着いたし極端な鬱でもないが丸二年以上何も書けていない。プロットを考えられない。何も出てこない。かつて当たり前にできたことができなくなるのは怖ろしいものだ。一週間前には走れて、二日前までは歩けた。きのうは杖に縋ればどうにか。きょうはもう立ち上がれない。休日の夜にジャックダニエルのポケット瓶を干したとき、自分は幸せになれたんじゃないかと感じることがある。うたた寝から覚めたときにはその気分は消え、惨めな現実に戻っている。しかし考えてみると以前は一瞬でもそんなことはなかった。好きな酒を飲んで好きな音楽を聴き、漫画やら小説やらを読んで、たまに映画をみて、好きなときに好きなものを喰い、自分の部屋で好きなものに囲まれてだらだら過ごす。何もできない発達障害者には身分不相応の幸福といえる。人生のいちばん大切な時期を、精神病質の両親と社会とのギャップに押し潰されてむだにした。自分の障害に向き合うことすらできなかった。そんな人間が中年になるまで生きていられて、いっときでもこんな時期を経験できた。だれにも愛されたことはないし、蔑み以外の感情を向けられたことさえない。小説を書けるようにすらなれなかった。それでもこの世界に好きなものがたくさんあるし、WordPressで思い通りのサイトを自由につくれるようにもなった。それだけで充分じゃないか。


(もり まさひこ、1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、藤井太洋氏、十市社氏らによる指導を受けた『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『ぼっちの帝国』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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