D.I.Y.出版日誌

連載第119回: 脚を切る

アバター画像書いた人: 杜 昌彦
2018.
03.09Fri

脚を切る

悪魔とドライヴのペイパーバックを準備している改稿版ではヒロインが教師に執着するまでの挿話を追加した古い版では世間の価値観に寄せたのでそのくだりは書けなかったベッドにあわせて脚を切断したようなものだ規格化された小説なら出版する意味はないおなじ理由で文章も改めた結果としてページ数が大幅に減り価格を抑えられたあとの二冊もいずれは現在の筆名で出しなおすつもりだ

今回の作業のためざっと目を通した若い頃より文章はましになったけれども小説は書けなくなった20 代は五百枚から七百枚くらいを年に二三作は書いていた30 代になって急に書けなくなり40 代では二年前に今回の本を書いたきりだ机を買えば書けるのではという希望はやはり宝くじに夢を託すようなものだった読書は快適だし肩こりもなくなった装幀や InDesign の作業も楽になったしかし小説が書けたのは初日だけだ

高さがあわない以前の昇降式ノートPCテーブルも低すぎるか高すぎるかにしか調整できなかった新しい机は靴を履くとちょうどいい高さだ室内で靴を履いて生活したいと以前からずっと考えている脱いだり履いたりも億劫だし履いていないと夏以外は足が冷えるし素足でトイレに行きたくないなぜ室内では靴を脱ぐことになっているのか畳を好むひとが多いからだろうあれはもともとはマットレスやクッションのようなものだった敷き詰めるのが贅沢ということになり貧乏人にまで広まった寝床に土足で立ちたいやつはいない

地べたに近いのは不衛生な感じがする立ったり座ったりも億劫だ獅子文六は広く読まれる決心をしたとき愛用の机の脚を切断して畳の生活にしたそうだその心境にはなれないクッションフロアのアパートに住んでいる音の響き方から考えてベニヤ板一枚の下は空洞のようだ革靴で歩けば傷むし騒音にもなるだろう妥協してサンダルで生活している発泡ウレタンのような素材の無印で買った安いやつだ冬は小さなカーボンヒーターで足許を暖めてしのいでいる世間の流儀にあわせて暮らすのは窮屈だ素足より靴がいい

しかし足にあう靴がない気に入っていた靴が壊れた安物をいくつか試した先の尖った靴ばかりだ踵が大きすぎる上に爪先だけ狭い家電でも何でもそうだが同時期に買えば寿命を迎えるのも同時になるスーツも買った量販店でパンツだけ試着させられ裾上げの仮どめまでされて最後にジャケットを着せられた肩が異常にきつかった。 「お似合いですよと適当なことをいわれて後に退けなくなった相当に見苦しいようで職場で笑われた試しに古いほうのスーツを着てみた気づかなかっただけでやはり肩の位置があわなかった

とりわけ肩幅が広いとは思わないしウエストが細いわけでもない日本人の平均的な体型はどういうことになっているのか日本人の踵はイタリア人よりも狭く腕は角度にして 15 度も前から生えていると聞く人間の体はひとそれぞれ違うのだむりやり規格化しておなじものを押しつけるからおかしなことになる世間にいわせれば規格にあわない体型がいけないのだろう他人と異なれば職人に仕立てさせるしかないそれもいやなら表へ出るなということだ自室で机に向かうことさえ許されない

あわないのは体型ばかりではない音楽は youtube と Spotify のおかげで便利になったが本にはまだ不自由する書店に行っても好みの小説はまず売られていない仕方がないから Amazon で買うが大量に仕入れて大量に売るのがやはり利益になるらしい関心のないベストセラーばかり執拗に勧められて閉口するyoutube のように調教しようとしても無視される何がお似合いですよ窮屈なんだよなるべくなら別の店で買いたいと思うようになった

エルモア・レナードを読み終えたので次の本を物色した獅子文六の短編集が出ていると知ったKindle 版がまだと知って落胆した同時に出さないことにどんなメリットがあるのだろう知って即購入できる Kindle 版はウェブと相性がいいせっかく購入意欲を煽られてもいつ買えるかわからないのでは諦めて忘れるむかしはハードカバーの数年後に文庫を出せば二度稼げたそれでも刊行のたびに広告を打ったはずだKindle 版の発売日にも宣伝するならまだしもそれすらしないまるで気づいてほしくないかのようだ

読みたい本が売られていてほしい好みや感情は体型以上にだれもが異なる売られていなければ何を読めばいい服や靴はなければ外に出られないから我慢して身につける小説はそうではない窮屈な規格を押しつけられるくらいなら諦めるしかないなくても外に出られるものだからこそそれぞれの人生に寄り添いたいそのために書いて出版したい獅子文六が机の脚を切ったのは時代が彼の言葉に飢えていたからだあわない脚を切るにせよ切らないにせよほしいとき役に立たない小説なら意味がない


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。