妄想中年日記

連載第120回: 公にする

書いた人: 杜 昌彦, タグ:
2018.
03.07Wed

公にする

むかし瓶のなかにピンセットで帆船模型を組み立てる趣味が存在した。なんのためにそんな気の長い、厄介な作業をするのかと問われたら当時だれも答えられなかったろう。ふと気になってgoogle検索したら廃れた趣味ではないらしい。ソーシャルメディアで株を上げるのに使われるようだ。例にしたいのは趣味というものが奇異な眼で見られた時代のボトルシップだ。そのように何の役にも立たないことをやろうとしている。しかしその喩えには「公にする」という要素が欠けている。

公にしなければ本は存在し得ない。公にすることが出版だ。そのために利点が大きければウェブサービスを使うし、不都合が多ければ使わない。Amazonを使えば手軽に公にできる。しかしそれは制御できない場に自分の言葉を預けるということだ。WordPressはほぼ完全に思い通りになる。全責任を負える。前に使っていたレンタルサーバは知名度の高さにもかかわらず、運がよければ接続できる、という低品質だったので制御できない場に預けたのと変わりなかった。いま利用しているサーバはたまにデータベース接続エラーになる以外は良好だ。

WordPressにはebook(epub)を自由配布したり販売したりするためのテーマやプラグインが豊富にある。独自サイトでの配布は往来に「ご自由にお持ちください」と晒すようなもの、販売は値札をつけて代金を入れる籠を置いたようなものだ。そういう意味では公にしている。「出版を民主化する」というWordPressの標語が意味するところのpublishではある。しかしだれも通らない道であれば自宅の押入にしまい込んだのと変わりない。公とはいいがたい。

文章はただの自己満足であってはならない。公にしなければならない。大勢がゆきかう往来を前提としない文章は卑しい自己愛と同一だ。そういうことをやりたいのではない。かといってソーシャルメディアのような場で小賢しく立ちまわりたいのでもない。自分でいいと信じることをしたいだけだ。他人のかかわる余地が増えるだけ制御が難しくなる。自分でダウンロードするために無料キャンペーンを利用したら「この商品をチェックした人は」が汚染された。やはり「無料」に集まる客は筋が悪い。少なくとも今後の小説はKindleストアに出すつもりはない。それだけは決めている。


杜 昌彦

(もり まさひこ、1975年6月18日 -)著者、出版者。硬質な文体と独創的な物語で知られる。作風はアヴァン・ポップ、スリップストリーム、スペキュレイティブ・フィクションに分類される。2010年から別名義で活動。2013年日本電子出版協会(JEPA )主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、藤井太洋氏、十市社氏らによる指導を受けた『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。