杜 昌彦

D.I.Y.出版日誌

連載第117回: なぜ書くのか

杜 昌彦書いた人: 杜 昌彦, タグ:
2018.
03.02Fri

なぜ書くのか

特集記事の自動化に成功した。これまではいちいち個別にテンプレートをつくらねばならなかった。これからは説明文とアイキャッチを指定して本にタグ付けするだけで済む。オールタイムベスト50は少しずつ入れ替える予定だ。オールタイムの看板に偽りありだがどうせ自分しか見ない。その記事のため若い頃に読んだ本を追加していた。いまの好みとあまりに異なる。当時は不幸だったけれどもまだ希望が残っていた。人生が通り過ぎてしまった事実に気づかされた。なぜ子どもの頃からあの頃にかけて小説家になろうとしたのだろう。

1. 漫画と違って隠れて書ける。
2.「だれにも望まれない人間」として不当に扱われて育ったので、
 2-a. 同じような経験をしたひとの役に立ちたかった。
 2-b. 他者に求められることで尊厳を回復したかった。
3. 物語に関心があり、自分でも書けるようになりたかった。
4. 生活のため。書くことでしか社会に適応できないと思った。

その動機のすべてがいまでは無効だ。

1. 隠れて書かねばならない時点で、やりたいことを自由にやれる人間にはかなわない。
2. そのように扱われて育てばそのような生涯になる。
 2-a. もうそんな問題とはかかわりたくなくなった。自分の人生をどうにかするので手一杯だ。
 2-b. 他者によって実現される望みは両親が正常になる望みと変わりない。他者はコントロールできない。別人にもなれない。
3. 職業にせずとも技芸は向上できる。他者の評価や金をもらうことと芸の質に関係はない。
4. むしろ社会的能力が秀でていなければ作家にはなれない。ダブルワークや転職をするよりも現状にしがみつくほうがまだしも生活の見込みがある。

当時、編集者の名刺をもらう機会が何度かあった。仕事につなげられなかったのは能力不足が直接の理由だ。しかし家庭の事情も大きかった。進学や就職で悩むより先に両親の精神異常をどうにかしなければならなかった。編集者とのやりとりにも同じ障壁があった。いずれの場面も乗り越えられなかった。支配を脱したいまでは作家になる必然性がない。職場でうまくやれない悩みが、うまく仕事をとれないとか編集者とうまくやれない悩みに変わるだけだ。他者によって規定される価値を自分に見出そうとすればそういうことになる。いま求めているのはそんなことではない。

書いたものに価値がない事実を本心ではいまだ受け止めきれずにいる。しかし他者が何に価値を見いだそうと知ったことではない。自分にとって価値のあることをやるだけだ。そのためには書くことと他者を関連づけてはいけない。2010年から六年間セルフパブリッシングで苦しんで実感した。結局のところ他者は異質な存在を求めない。それは変えられないし自分も別人にはなれない。できるのは互いにかかわらないことだ。あるがままに生きて自分を受け入れるしかない。幸い生活はできている。次の小説は題名も決まった。話は序盤しか思いつかないがとりあえず書きはじめてから考えてもいいだろう。仕事ではないのだから好きにやればいい。自分を受け入れるために何ができるかが重要なのだ。


(もり まさひこ、1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、藤井太洋氏、十市社氏らによる指導を受けた『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『ぼっちの帝国』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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