妄想中年日記

連載第116回: 遠くへ

杜 昌彦書いた人: 杜 昌彦, タグ:
2018.
02.28Wed

遠くへ

嗤われるのがいやなら人目を避けるしかない。だれともかかわらずに生きるしかない。ほんとうは職場で生き恥をさらすのもいやだけれども、生きるためには仕方がない。書店にはたくさんの本が並んでいる。あのなかに自著がならぶ光景は、才能や技量のなさを割引いても想像すらできない。異質すぎる。セルフパブリッシングには短い夢を見たけれども、結局はそれもまた場違いだった。いずれの場所も健常者のためにある。自分の言葉はそぐわない。別人にはなれないし、まして自分以外のものは変えられない。プロの世界にせよ、売場にせよ、コントロールできない物事で悩むのはばかげている。

なぜ生きるのか。死ぬのが怖ろしいからだ。人生から何を奪われたかにこの歳になって気づいた。両親の異常なふるまいに台なしにされなければ、脳障害が遺伝しなければ当たり前に手にしていたであろう人生を、何ひとつ知らぬまま終わるのが怖い。どう生きたいのか。苦労して這い上がり、やっと手にした安定だ。いまの職にしがみついていたい。Spotifyとyoutubeのおかげで音楽を好きなだけ愉しめる。本を買う余裕もある。仕事ではないのだから一冊を読むのに二ヶ月かけてもいい。何かのために読むのではない。ただそういう人生にしようと思う。読んだ本や聴いた音楽の記録をこのサイトに残す。それを拠り所として暮らす。映画は読書ほど愉しめなくなった。

小説を書くことはまだあきらめていない。人生の最終的な目標を、書き上げること自体に求めたい。成し遂げられなくても構うことはない。所詮は心のなかだけの問題だ。価値のない人生は空費しても差し支えない。生きている以上は何かを残したい。それだけだ。向上したい気持さえいまはない。『悪魔とドライヴ』改稿版をどう扱うか考えている。いま出ているペイパーバックの中身を差し替えることは可能だ。しかし前の筆名との関連性は断ちたい。書名も変える必要がある。ほかの本との整合性もある。これまでに出してきた本をすべて絶版とし、新たなISBNで再出版する。装幀も直さねばならない。いまの装画を勝手に別な条件では使えないので悩む。頼めば許してもらえそうだけれども、それでは虫がよすぎるようにも思う。

極力だれともかかわらず、蔑まれることなく穏やかに生きて死にたい。身の丈に合った人生を愉しみたい。このウェブサイトをそのための中核にする。時間をかけて読書を楽しみ、読んだ本を記録する。いまの仕事で得た金でその暮らしを成り立たせる。若い頃の読書は書くためだった。いまはそうではない。いずれは引っ越すのだからと書棚を持たなかった。今後は心を豊かにするものは所有していい。

一日に五人から十人の閲覧がある。うち半分は固定読者。粗探しに訪れる輩はようやく減った。悪意のないひとたちが何を求めて訪れるのかはわからない。少なくとも本に関心はないようだ。検索経由の一見さんは即座に離脱し、二度と戻らない。過去に読んだ本は数行のいいかげんな感想しか書かれていないからだ。以前は関連本を手動で実現していた。手間はかかるが回遊性は確保できた。いまは同一著者の一覧しか実現できていない。カスタムタクソノミーを付与した記事を関連づけて表示したい。付与されていれば新着を五件表示し、付与されていなければ表示領域自体を表示しない、というふうにしたい。「特集」にアイキャッチを指定できるようにした。一覧では呼び出せたが個別のページで取得する方法がわからない。もう少し手を入れたらgoogleやFacebookに広告を出してもいい。あるいは趣味はウェブサイト制作、ということになるのかもしれない。それでもいい。


(もり まさひこ、1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、藤井太洋氏、十市社氏らによる指導を受けた『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『逆さの月』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。最新恋愛小説『ぼっちの帝国』連載中。
ぼっちの帝国