諸屋 超子

豚はいつ飛ぶ?

第11話

諸屋 超子書いた人: 諸屋 超子, 投稿日時: 2020.12.31

 誰かが先にいる宴会にあとから入るのが好きな人間がいると、テレビか何かで聴いたことがある。例えば、合コンなんかで、わざわざ注目を集めるためにそうするとか。でもそれって、注目さえ集めれば好かれるって自信がある人がやることだよね。僕なんか、絶対、絶対、目立ったりしたくないけれど。
 蛸屋では、吉田さんを合わせて三人が先に飲み会をはじめていた。こんなふうに不吉な感じで同じ数字が現れるとき、つい、神に問いたくなる。あなたは私に何を伝えようとしているのですか?
 僕はとりあえず、青りんごサワーを頼んだ。ビールの味はとても苦手なのだ。そして、この間みたいにアイスコーヒーでかっこつけることをすっかり忘れてしまったのだ。
 理由は席に着くなり、吉田さんが大胆にも僕の髪を触ってきたからだ。
「竹村さん、ワックスちょっと重めの買ったんですねー」
 先に店にいたのは、取れかけパーマとふわふわショーコちゃんだった。
「おい、セクハラだぞ」
 取れかけパーマが言い、僕に向かって「教育が行き届かずごめんなさい」と言った。その時、なぜなのか僕の胸はチクリと痛んだ。ふわふわショーコちゃんも、キッと吉田さんを睨みつけてすぐに顔をそらした。
 僕はなんだか上手く説明できないけれど、急に寄る辺ない身の上を強く感じて帰りたくなってしまった。
 すると、キラリンという音がなった。なったような気がした。なってないのかもしれないけれど、たぶん君にも聴こえたと思うよ、その場に居たら。
 それは、ふわふわショーコちゃんの首をかしげた効果音で、彼女は上目遣いに僕を見た。
「竹村さんっておっしゃるんですよね? 明日、お休みなんですかぁ?」
僕は名前を知られていることに戸惑いつつも、「ああ、はい。いや、まあ」となんとも煮え切らない返事をした。翌日は休みだったのだが、そんなことすらよく考えてみないと分からない僕になっていたのは、オシャレな吉田さんに呼び出されて、可愛いショーコちゃんに話しかけられるという奇襲攻撃を受けたせいだ。
 しかし、読解力に優れた男、とれかけパーマは、僕の暗号めいた返事から、ちゃんと僕の明日の勤務が休みだと理解できたらしかった。
「休みなら飲みましょ! 竹村さん!」
取れかけパーマは山脇というのだと吉田さんが言い、その言葉は山脇が遠隔操作して言わせた言葉だったかのように、サッとタイミングよく山脇本人が右手を差し出した。
「よろしくです。竹村さん」
 僕はヘラヘラしながら、山脇のすべすべした白い顔に似合わず節くれだった手を弱々しく握り返した。
 そこからが大変だった。なぜか全員が僕に交代で話しかけてくるのだ。
 唐揚げ好きですか? 竹村さん。飲み物は何にしますか? 竹村さん。学生時代のあだ名はなんですか? 竹村さん。好みのタイプの女性は芸能人で言うと誰ですか? 
 これが遅れて登場する効果なのか? 僕は目が回るようだった。なんの質問になんと答えたのかすら覚えていない。でも一つだけ、こう思ったことは覚えている。好みの芸能人なんて答えちゃダメだ。いい気になってると思われる。
 それで、僕の答えはなんて言うか、はっきりしないのに無駄に長いおしゃべりになっちゃったんだよ。
「好みのタイプを芸能人で答えるとなると、僕はその人と知り合いじゃないから、僕が思うイメージのその人を答えることになるわけで、そうなるとそれはその芸能人から離れた別の存在になるわけで、しかしよく知っている人物の中から選べばその現象は避けられるかというと……うんぬんかんぬん」
 僕が話すのに、熱心に相槌を入れてくれていたショーコちゃんが、すまなそうにトイレに立ったので、これはつまらなかったのかと僕は反省した。そしてにわかに社交性を発揮しようと山脇氏に同じ質問を投げかけたら、山脇氏が僕の話したことはもっともだと自分も思うから答えられないと言い、吉田さんに向かって、そんな質問をした責任者として、イメージと実態についてどう考えるか述べよと言って、言ったそばから無責任にも「俺しょんべん」とトイレに立ち去った。
 吉田さんは考え考え尋ねてきた。
「自分から見えてる相手が、相手の本当じゃないとして、それなら何を相手だと思って好きになれば本当になれるんですか?」
 そんなこと僕にきくのか?僕は、小皿の上で唐揚げを突き回してるばかりで、一向に食べる様子のない吉田さんを見ながら、黙り込んでしまった。なんと答えるべきなのだろう。イメージ、実態、ジョハリの窓……。
 僕は緊張も忘れて、深い思考の海へと沈んでいった。深く、静かな、瞑想……。
 打ち破ったのは、吉田さんのああっという叫び声だった。
「またやられた!」
 山脇さんと、ショーコちゃんは帰ってこないと言うのだ。二人は、僕のことにしか興味のないような顔をして、話していたのに、手品みたいに消えてしまったのだと。
 吉田さんはまただまたと言った。僕は吉田さん達みたいなタイプが出掛けると、この手のトラブルが度々起こるという意味なのだと解釈した。
 そう思ったからか、にわかに吉田さんと二人きりにされたと気が付いて緊張してきたからか、僕は今思えば頓珍漢な発言をした。
「なんか、デザートとかあるのかな」
 そうしたら、吉田さんがわんわん泣き出してしまった。僕は完全にパニックだった。どうして僕はこうも甘いもののことばかり考えてしまうのか。僕のばか。
「あの、なんかまだ飲んでいいんですけど、ちょっと甘いものが食べたくなっただけで」
 すると吉田さんはわっとさらに大きく泣いてから、こんなことを言った。
「竹村さんは優しいですね。私も竹村さんを好きになれたなら幸せだったのに」
 残酷な吉田さんの仮定法。彼女は泣きながら、杏仁豆腐とカシスオレンジを頼んで欲しいと言った。
 イメージも実態も、都合の良いものが真実と呼ばれるのかもしれない。
 勝手に納得して、僕は店員の呼び出しボタンを押したんだよ。その時の会計が僕持ちになったのは、言うまでもないよね。


長崎市にある本のセレクトショップ『Book with Sofa Butterfly Effect』店主。読書について、本について、文学について。好きなことは「しゃべって、読んで、無駄な時間を過ごすこと」。本を通じて人と人が交わる場所をつくりたい。月2~4回、本を読んでいなくても参加できる読書愛好会を開催。編集室水平線ウェブサイトにて連作『コロナinストーリーズ』連載中。
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