諸屋 超子

豚はいつ飛ぶ?

第4話

諸屋 超子書いた人: 諸屋 超子, 投稿日時: 2020.08.12

 丸山くんは手品がうまく行ったことに気を良くして、「人は努力の上に成果を出す生き物だ!」とか、「ここにいる男たちは着替えて髪を切っただけの同じ人間だ!」とか「成らぬは人の為さぬなりけり!」とか、わかるような、わからないようなことを、熱く熱く語りまくった。
 思えば、あの頃丸山くんは「モテ男研究員」と陰であだ名されるほどに、女の子から好感を抱かれる方法を見つけ出すために、情熱を燃やしていた。
 しばらく後に、会社を辞めたと聞かされたときには、もうあの炎のような情熱は無くなっていて、むしろ丸山くん自身が燃えカスみたいに元気がなくなっていた。
 情報通の木下くんによると、女子社員をデートに誘ったら、職場のお局から呼び出しをくらって責められたらしい。
「どうしてそんなにしつこいの?」
「アンタあの子に毎日メールしてるって?」
「この間は駅で偶然を装って声を掛けたらしいじゃないの!」
どうしてそんなこと知ってるんだと言うようなことばかり、続け様に責められて、最後には
「その変な髪型にしてから、アンタなんか勘違いしてんじゃないの?」
とトドメを刺されたらしい。
 女の子は丸山くんに誘われたときに、嫌だなんて一言も言わなかったらしい。
 僕が思うに女の子ってのは、男が渾身の勇気を振り絞って映画に誘うと実に残念そうに言うものなのだ。
「あー残念。その日は先約があって」
 男はせっかく出した勇気をポイ捨てすることも出来ずに、じゃあ来週は? じゃあ来月は? 予定が分かったっら電話くれる? 最近どうしてる? もうそろそろ落ち着いた? なんて連絡してるうちにしつこい人にされてしまう。そういう恐ろしい側面を持つ生き物なんだ。
 丸山くんは、それ以来、女の子のおの字も言わなくなってしまった。けど、それはまた別の話。
 とにかく、その頃はまだ、フレッシュな情熱家だった丸山くんの説得で、積極的にではなかったけれど、渋々ながら、僕は美容室に行くことを了解した。丸山くんの言う、雰囲気を変えるだけでガラッと変わってイケメンになった僕というのにも興味がなくはなかったしね。
「じゃあ、母さんが行ってる美容室の番号聞いてこようか」
 僕が言うと、丸山くんは顔の前で大きく手を振って否定した。ああ、あの頃の丸山くんは、身振り手振りも大きくて、堂々たるものだったんだ。懐かしいなあ。
 ああ失礼。そして、丸山くんはあっと驚くことを言ったんだ。
「明日休みだろ? 実はもう明日の朝イチで駅前のサロンに予約入れてあるんだ。俺と里村くんの二人分」
 サロンときたもんだよ。その頃、丸山くんがどのくらいノリノリだったかよくわかるね。丸山くんが予約したサロンってのは、僕の住む街では一番オシャレな美容室のことだった。
「なんでそんなことしたんだよ?」
 僕はオシャレな女の人たちに混ざって、僕と丸山くんがうつ伏せになってシャンプーされてるところを想像した。恥ずかしさで二度と顔を上げられなくなりそうだ。(その頃僕は、美容室ではシャンプー台がカット台と別にあることや、仰向けでタオルをかけられてシャンプーされることなんか何も知らなかった)
「だって、こうでもしないと絶対行かないだろう⁈」
 僕はぐうの音も出なかった。確かにそうかもしれない。とにかく、その日は二十二時を回っていたから、解散して明日に備えることにした。僕は風呂で念入りに髪の毛を洗い、耳の裏や、首筋も擦り剥けるくらいきれいにこすった。
 着ていけるオシャレな服がないから、とりあえず、父さんの部屋から夏物のジャケットを拝借して、中にティシャツを着てジーパンを履くことに決めた。試しに着てみたら、いつものただのティシャツとチノパンより、どことなくいい気がした。
 あるものでオシャレできるなんて、ファッション誌を眺めていたからかもしれない。僕は少し自信を取り戻して就寝した。
 


長崎市にある本のセレクトショップ『Book with Sofa Butterfly Effect』店主。読書について、本について、文学について。好きなことは「しゃべって、読んで、無駄な時間を過ごすこと」。本を通じて人と人が交わる場所をつくりたい。月2~4回、本を読んでいなくても参加できる読書愛好会を開催。編集室水平線ウェブサイトにて連作『コロナinストーリーズ』連載中。紹介記事:朝日新聞長崎経済新聞西日本新聞
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