諸屋 超子

豚はいつ飛ぶ?

第2話

諸屋 超子書いた人: 諸屋 超子, 投稿日時: 2020.07.29

 実のことを言えば、僕は幼少期、可愛い可愛いと言われて育った。両親親族はもちろん、近所のおばちゃんや、お姉さん、保育園の先生たち。大人たちは皆一様に僕をみると目をまん丸にして息を止めた。そして、目を逸らさずに、一ミリも動かず「可愛いわぁ」と言う。
 もし君がお世辞だと思いたいなら、それで構わない。でもさ、頭も体もまん丸で、鼻先までまん丸ないがぐり頭の男の子がいたら、君だって可愛いって言っちゃうと思うな。丸いものって基本的に可愛いでできてるよ。僕はスレンダーな女性が好みだけれど、丸顔の女の子ってのもそうは悪くないと思うしね。優しそうに見えるよ。自分が綺麗だって知ってる女の子たちに比べてずっと話しかけやすいし。
 しかもさ、幼い子どもがよその大人と会う時ってのは、大抵が親と一緒にいるだろう? 人畜無害って感じの小柄なまん丸おじさんの隣に、ミニチュアまん丸男子だよ? 母性本能の強い女の人たちなんか、ハートを鷲掴みにされてたんじゃないかな? キティちゃんやドラえもんなんかの日本のキャラクターって小さくて丸いじゃない? 日本的魅力っていうのかな? それに見方によっては、僕の細い目と下膨れの顔は雅だよ。
 で、ここからが本題なんだけどね、保育園に通っていた頃、僕に夢中な女の子がいた。ゆりえちゃんっていうんだけど、わりと積極的な女の子だったね。お昼寝の時間にこっそり僕の布団に潜り込んできたり、お弁当の時間には、毎日こっそり僕の弁当箱に玉子焼きを入れてくれたりした。嬉しかったな。僕はお礼にちょっぴりゆりえちゃんのお尻を撫でてあげたりしてた。今考えると大胆だよね、子どもって。
 でも、ゆりえちゃんって正直言うと、あんまり可愛くなかったんだよね。出っ歯だし、目は変な風に垂れてるし、だから残念ながら好きになってあげることができなかったんだ。
 代わりに、僕が好きになったのは、アヤちゃんで、顔が小さくて、色白で、目がぱっちりしててさ、ああ、思い出してみたら、ちょっとミウミウに似てるとこあったよ。
 でも、アヤちゃんが好きなのはクラスで一番体の大きなトオルくんで、僕はいっつも二人が並んでお絵描きしたり、トランポリンで跳ねたりしているのを遠くからこっそり見てるだけだった。
 あとは、どうにか相手してもらいたくて、意地悪を言いに行くくらい。
「そのハンカチはもう、はやってないよ」
とか
「髪の毛むすんでるの、右と左で高さ違うね」
とか話しかけては、アヤちゃんが顔を真っ赤にして僕の肩をぶってくれるのを待ってた。アヤちゃんがぶってくれた右肩は、ほんわかあったかくって、花が咲いたみたいにいい匂いがするんだよ。
 一度なんて、アヤちゃんが犬のうんこを踏んづけてさ、靴が汚れた時があったんだ。園外でみんな並んで散歩してる最中でさ、僕は隣のゆりえちゃんと手を繋いで、アヤちゃんは僕らの前で、トオルくんと手を繋いで。僕らみんな仲良く列になって歩いていた。アヤちゃんは、靴底を必死に、でもさりげなく地面に擦り付けて犬のうんこを落とそうとしていた。もし地面に着いたらゆりえちゃんが踏んじゃうから、ゆりえちゃんは怖い顔して、アヤちゃんを後ろから突き飛ばしてた。
 でも、アヤちゃんは必死でその動作を繰り返していた。なぜか終始無言で。で、僕は、糞をはぎ取るのにおあつらえ向きな石段を見つけたから、声をかけたんだ。
「アヤちゃん、うんこならあれで拭けよ」
 そしたらあやちゃん、すごく怒った顔でこっちを振り向いて、僕を睨みつけたままポロポロ涙を流すんだ。
 あれより美しい情景は、一昨年丸山くんと出かけた安芸の宮島の夕暮れ以外に見たことがないよ。
 そんな風に僕は女の子を泣かせるのが好きなんだけど、小学校に上がって以来、中高大も、もちろん社会人になってからも、女の子を泣かせたことがない。
 意地悪を言っても、鼻であしらわれるか、激怒されても立ち去られるだけだ。
 SMってあるでしょ? あのいやらしいの。僕は、もしかしたら、あれで言うところのサディストかもしれないよね。もちろん、怪我をさせたりするのは嫌だし、本物のああいう風に変態っぽいことするのは嫌なんだけど、どっちかって二つに分けた場合ってことね。
 でもさ、僕がマゾになったとしても、全然綺麗じゃないよね。小柄で可愛らしい僕をいたぶると、本当に虐めてるみたいで、世の中の大半の人は罪悪感が芽生えちゃうだろうから、楽しめないだろうし。
だから、僕は意地悪言ってもらうマゾの方になりたいかどうかは答えが出せない。


長崎市にある本のセレクトショップ『Book with Sofa Butterfly Effect』店主。読書について、本について、文学について。好きなことは「しゃべって、読んで、無駄な時間を過ごすこと」。本を通じて人と人が交わる場所をつくりたい。月2~4回、本を読んでいなくても参加できる読書愛好会を開催。編集室水平線ウェブサイトにて連作『コロナinストーリーズ』連載中。紹介記事:朝日新聞長崎経済新聞西日本新聞
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