ハードボイルド小説から物語と謎を抜いたかのような、都市と記憶の描写が延々つづく小説。退屈な話のはずなのに、文章に魅力があってつい読まされる。どこまで読んでも主題らしきものが見えず、主人公も何がしたいのか、どこを目指しているのかさっぱりわからない。冒頭の弁解のように、散策しているのだといわれたらそれまでなのだが、たとえば祖母を探しに出かけたのかと思ったら、別にそういうわけでもなく、無意味に観光だけして帰ってくる。このままの調子で終わるのかと思いきや、終盤で唐突に主人公の性犯罪歴が明かされる。都合が悪くなった彼はまったく無関係なインテリ臭いうんちくを語りだす、それまでずっとそうしてきたように。まるで予兆のようなオヤジ狩り被害のエピソードの直後に、この大きな転調が訪れる。詩情のように思わされてきたものが突如として禍々しい欺瞞だったかのように思えてくる。主人公はアフリカ系米国人としての社会的文脈に従うよう求められることにひたすら困惑しつづけていて、その違和感への執拗なこだわりがそれまでは都市の描写やら歴史の記憶やら、ルーツやら何やらの話であったかのように装われてきたのだけれども、実は社会的文脈を理解できないサイコパス特有の感じ方であったかのようにさえ思えてくる。精神科医という職業も何かそのことに関連しているのかとまで疑いたくなる。そうして結局この小説が何をいいたかったのか、何を描いているのかはわからないままだ。まるでサイコパスの内面のように。このような読み方を意図して書かれたのかといえば、どうもそうではないような気がする。こういう人物がこんな内面を生きている。それをただ写真のように記録した話なのだ。終盤で唐突に犯罪の話が出てくるあたりも含めてニコルソン・ベイカー『中二階』を連想した。インテリ臭いが、そのままには受け取れない奇妙な本。
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2017.
09.24Sun
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