うへ

大人って歯も上手く磨けない

連載第1回: ばかなんじゃなかろうか

うへ書いた人: うへ, 投稿日時: 2020.06.10

 私は仕事中に走っている人間を見かけると、「ばかなんじゃなかろうか」といった感想を持つ癖がある。
 丁重に説明しよう。失礼を百も承知でいうが、「仕事のため、或いはお客様のため、上司のため」と必死になって勤務中に奔走するその人間の姿を認めると、とても滑稽に思えて、先述のような感想を反射的に、反社的に抱いてしまう。
 これが立派な社会人とフリーターとの違いであろうか。いや、それでは主語が大き過ぎる。契約だって派遣だって、あるいはパートであろうがバイトであろうが、仕事中に走り出す人間というのは、いる。
 そのたびに私は途方に暮れる。「何を走っているのか」と。「時間を一秒たりとも無駄にはできない」というその隠された動機は、個人という権利よりも、集団という権威が優先されている証左ではあるまいか。そもそも社会、とくに先進国、さらにいえば日本国社会に所属するということは、そういうことであり、いまさら疑問を持つにも値しないことなのであろう。だが、普段は巧妙にその事実は隠されている。集団による「当たり前」という空気が事実を覆い隠し、見えなくさせている。それがひとたび「仕事中に走る」という行為を目撃することによって、肉眼で捉えられるものとなり、私の脳味噌は知覚し、くだんの思考スイッチが入るのである。「ばかなんじゃなかろうか」。

 ー私は歩調を速める。朝。通勤ラッシュ。この時間帯の群れはみな一様に確固たる目的を持って行動する、脳に何かを埋め込まれたかのような、自らの意思を持たぬ生き物に見える。
 あと三分。朝。通勤ラッシュ。時計の進み具合は、寝ているときも食事をしているときも排泄しているときも一秒の狂いもなく変わらないというのに、この時間帯だけは違うとでもいうように、スマホを、あるいは腕時計を、三分と経たないうちに確認している人の群れ。
 間に合った。朝。通勤ラッシュ。動悸がする。いつもと同じ、業務開始二分前。私はパソコンの電源を入れ、何事も無かったかのようにキーボードを無表情に叩く、叩く、叩く。


趣味でしかものを書いたことのない、名無しの素人エッセイスト(自称)。 この度、どういうわけか当サイト「人格OverDrive」の主宰者である杜 昌彦氏に「掲載してみませんか」とお誘いいただき、こちらに寄稿することに。 29年間、苦しそうなこと、辛そうなことから逃亡している人生。フリーター。 寄稿するジャンルは妄想エッセイ。虚実交えた物語を書いていきたいと思います。
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