D.I.Y.出版日誌

連載第39回: どこへ行く?

アバター画像書いた人: 杜 昌彦
2017.
03.01Wed

どこへ行く?

さまざまな事情から損なわれた人生の舵がここ数年でようやくとれるようになりました好きなものを好きなときに飲み食いしたり真空管アンプと ZENSOR1 で Spotify を聴いたり休日には寝床で本を読んだり iPhone で映画を観たり平均寿命と不整脈とを鑑みるに暇つぶしも残すところそう長くはあるまいと思い至ったときようやく手にしたこの幸せで充分なのかなと考えましたこのまま老衰のためだけに人生を空費していいのか一冊くらい何かまともなものを遺したほうがいいのでは⋯⋯と

他人とのかかわりを極限まで減らして成立した幸福だし他人からよく思われたことのない老人なので交流や社会生活から得られる喜びはありませんいったん生まれ落ち長い歳月をかけて偏屈な老人に仕上がってしまった以上半端に死んだらそれはそれで迷惑になります後始末を負担する財力も才覚もないしそもそもやり遂げる有能さがあれば人生は違いました自分を持て余す屑が世にはありふれているではわれら屑はいかに生活すべきかという思考実験を小説で試したかったのですがでも最近何もかもめんどくさい小説の書き方だって忘れてしまった

去年あとにつづく多くのひとたちのためにと考えて準備を進めていたことが大きな反撥を招きました信じていたひとたちが実はそちら側の肩を持っていたことに気づいて急にばからしくなりましたでは次に何をすればいいかと考えるとわからないきわめて私的な極小規模の出版とまでは見当がついていますそれも KDP Print が当分日本語には対応しそうもないとか物理的な制約が多すぎて現状やれることがないBCCKS のオンデマンドと e 宅を組み合わせればやれないこともないけれども高い能力が要求される

以前も書きましたが出版社はいまでもいい本を出していますしかし当レーベルは書いたものや気に入ったものをどう売るかを考えたいのであって彼らに仕事を求め営利の企画で書くのはまったく異質な仕事に思われますやれるひとはすごいなと感心するけれども特にそうなりたいとは思いません自分の本よりも他人の書いたものを出版したいという気持や独創的な才能をブランディングしたいという気持は実のところまだありますしかし世間がいかに大人の事情で動いているかを知ったいまではやはり自分ひとりでおもしろい可能性を切り拓いていかねばならないのだろうなと考えています


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。