杜 昌彦

D.I.Y.出版日誌

連載第180回: 書くことはそこにいないこと

杜 昌彦書いた人: 杜 昌彦, タグ:
2019.
03.03Sun

書くことはそこにいないこと

ウェブサイトに手を入れた。OGPはプラグインを使わずに設定している。これまではヘッダに直接PHPを書いていた。カテゴリとタグのOGPを出す方法もわからなかった。苦心惨憺してどうにか解決し、ついでにfunctions.phpに記述を移した。いや解決したというのはいいすぎだった、カテゴリは指定した画像と要約文ではなく最新記事の画像と要約文が表示される。タグは要約文はなぜか出るが画像はやはり最新記事のものだ。実用上、機能して見えるだけで本当に正しく機能しているのか大いに怪しい。それでもウェブサイト全体で共通のOGPしか出せなかったこれまでと較べれば大きな進歩だ。強迫神経症のようにプラグインを避けたがるひともいるようだがおれはこだわらない。使えるものはなんでも使う。ただし望む用途にピンポイントで対応しているプラグインは少ない。無駄な機能が多すぎて使いものにならなかったりする。なのでやむをえずぐぐりまくってPHPをコピペしたり闇雲に改変したりして試行錯誤するはめになる。Ajaxのちょっといいメールフォームの作例を見つけたのでコピペした。以前はプラグインでやっていたが重すぎた。届くメールも詐欺師ならまだいい部類でストーカーやら脅迫者やらばかりだった。サイトは日に十人も閲覧すればいいほうだし本だって売れたためしがない。なのになぜ悪意ばかりが列をなして押し寄せるのか。この無名人をいじめるとおもしろいぞ、というリストが悪人たちのあいだで回覧されているのかもしれない。そうなるとわかっていてなぜメールフォームを再掲したかといえば単にやってみたかったからだ。ウェブで見つけた作例を試したかった。ああいった記事を書いて無償で公開している方々を尊敬する。なかにはよそからコピペしてきたものを小遣い稼ぎのために並べている輩もいるようだがそういうのは見ればわかる。しかしインターネットではおそらくそのほうが「わかりやすい」と喜ばれて実際に小遣い稼ぎになったりするのだろう。どうも現代の社会には馴染めない。音楽にしても本にしても古いもののほうが性にあう。最近は60年代のストーンズばかり聴いている。より正確にいえばMONO BOXだ。15枚組を朝起きて仕事に出る支度をしながら聴き、出勤中に聴き、帰宅中に聴き、寝る前に聴いている。他人に知られたら危ないやつだと思われるくらい本当にそればかり聴いている。なぜこんなことになったのか。きっかけはBeatlesのホワイトアルバムだ。あの不自然にドーピングされたような醜いリマスター盤には悪い意味で驚かされた。CGで肉体をムキムキマッチョマンにすげ替えられた四人が見えるような気がした。同時期に発売されたベガーズバンケットのリマスターは対照的にすごくよくて、なんだこれとずっと気になっていた。ボブ・ラドウィッグという技師の仕事だった。このひとがリマスターしたMONO BOXをSpotifyで見つけて聴いたらすごくかっこいい音だった。これまで親しんだ92年の廉価版とは大違いだ。その廉価版だってけっして悪くはない、2009年のリマスター盤に較べたら。そのリマスター盤をSpotifyで試しに聴いてみたらくだんのホワイトアルバムと同傾向の音だった。あんな音ではじめて出逢ったら好きにはならなかった。考えてみればジャズがかっこいいのはルディ・ヴァン・ゲルダーの音がかっこいいのであって、音楽とはそういうものなのかもしれない。幸いジャズはRVGが死ぬ前にリマスター音源を残してくれたのでSpotifyでも愉しめる。ジャズの音はヴァイナルからストリーミングにひとりの偏屈爺さんの偉業のおかげで引き継がれたわけだ。ロックはどうもそうならないらしい。MONO BOXはデッカ時代まで。彼らが自主レーベルを興してからの作品はストリーミングでは新しいリマスターのしかない。試しにちょっと聴いてみたら現ブルーノート社長がリマスターしたやつは2009年のやつよりほんの少しだけましだった。でもやっぱりCGでつくられたムキムキマッチョマンが不自然な笑顔で筋肉を照り光らせて演奏している。94年のヴァージン・レーベルから出た盤はボブ・ラドウィッグがリマスターしているらしい。おれのなかではもはや神のような名前となったのでそれを聴いてみたい。デジタル化されればコンテンツ文化は永遠に継承されるのかと思っていた。どうもそうはならないらしい。権利者が望めばもしかしたらという程度だ。しかも権利者がたまたまそのときそういう気分だったかたちでのみ遺される。それは本来の作品のありようとはかけ離れている。少なくとも自分が生きているあいだだけは好きな作品を好きなように楽しみたい。そのためにはたとえば94年のCDを中古屋で発掘するしかないわけだが、残念ながらCDやDVDの寿命は二十年から三十年といわれている。ポリカーボネートが加水分解したり不充分なアルミ蒸着の隙間に水分が入ってかびたりするらしい。つまり94年のボブ・ラドウィッグの仕事を味わうにはいましかない。いま購入してリッピングすればしばらくは楽しめるはずだ。それも権利者の都合でデコーダの利用が禁じられるまでの話で、そうなりそうになったらまた別の形式に変換して寿命を延ばすしかない。まったくなんて世の中だろう。子どもの頃は読みたかった本はいつか大人になって金に余裕ができれば読めるものだと思っていた。子どもの頃に読みたかった本はもうこの世に存在しない。運がよければ図書館に保管されているがそれも収蔵能力との相談になる。だれも借りなければどんなに価値のある本でも処分される。評価の定まった古典でさえそうなのだ。新しい傑作が読まれるわけがない。だれも読まなければその本は消えてなくなる。遺したければ読んで広めろ。おれはそうしている。だから「本のつながり」なんて機能をサイトに実装しているわけだ。『ぼっちの帝国』のつづきだってそうだ。読んで広めれば書かれるかもしれない。だれも読まなければあれきりで終わるかもしれない。


(もり まさひこ、1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、藤井太洋氏、十市社氏らによる指導を受けた『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『ぼっちの帝国』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
ぼっち広告