杜 昌彦
逆さの月
第1話: あたしたちは勉強ができない
携帯がまだふたつ折りだった頃の話だ。生まれる前に噂された世界の終わりは来なかったけれど、ツインタワーはまだあった。津波で原発が吹き飛ぶなんて多くのひとは想像もしていなかった。梅雨が長びいた年で、降りそうで降らない雲が垂れ […]
第2話: 終わってる非日常で死んだ
あのふたりと知り合うまで飲酒の習慣はなかった。きっかけはおやじ狩りの夜だった。次に逢ったとき幸田が春ちゃんを連れてきて、気がつくとしょっちゅう集まっては飲んでいた。春ちゃんは下戸だったし幸田も発泡酒を数缶とウィスキーを瓶 […]
第3話: 道徳心の涵養
幸田とはじめて出逢った日の回想からあたしはわれに返った。いまのあたしがではない。二十年前のあたしが世界史のセンター対策プリントに集中できずに一年前を思い出していたのだ。あたしには時系列をややこしく語りたがる悪い癖があるよ […]
第4話: 行きすぎた個人主義
居酒屋に改装される前の「浜口屋」は幕末から代々つづく味噌屋だったらしい。空襲にも一九七八年の震災にも耐えた古い民家で、当時のなごりで店先に樽が置かれていた。ドアの小さな鐘が鳴り、木の匂いと煙草の入り混じった空気を嗅いだ。 […]
第5話: 制服少女たちを選択
悶々として眠れなかった。いま思えば制服を着たまま畳で眠れるほうがおかしいのだが当時は慣れてしまって何とも思わなかった。ウォッカの残りを干して始発のバスで帰った。冷蔵庫の前でコントレックスを飲んだ気もする。夢かもしれない。 […]
第6話: 反道徳の妄想
返答はなかった。映画でよくある展開を妄想した。幸田の屍体を見つけて半狂乱になるあたしを、家に潜んでいた父が背後から襲う。吐瀉物で制服を汚してはいても根拠のないパラノイアだと自覚できるくらいの理性は働いた。鍵は一年半前に替 […]
第7話: 命の大切さを学ぶ
記憶からようやく悪夢を締め出せた。声も容姿も思い出せないし思い出したくもない。すると二次加害者たちはここぞとばかりしたり顔で「なかったこと」にしようとする。荒唐無稽だ。ありえない。非現実的だ。サイコパスにそもそも人間味な […]
第8話: 種の保存に抗ってやっている
傷害致死の疑いで逮捕された犯行グループには見憶えがあった。案の定あたしを襲った連中だった。柿沢親子の死は「同盟」とは無関係だったようだ。ペドフィリアを父親に持てば見知らぬ他人と練炭自殺するまで追い詰められても無理はない。 […]