杜 昌彦
黒い渦
第1話: ずっと後になって宍神は
ずっと後になって宍神は泥のように堆積した歳月のにおいを思い出すことになる。スチール棚に詰め込まれたジャケットはどれも煙草の脂で変色していた。麻薬中毒の芸人が運転手やドアマンをして喰いつなぎながら、魂を記録した黒い円盤たち […]
第2話: 雨。運河の濁流。
雨。運河の濁流。半ば廃墟と化した集合住宅団地を行くふたつの傘。 携帯の画面で標識を追っていた狼野は舌打ちした。携帯の画面を相棒に示す。点滅していた光点の表示は消えていた。遮蔽性の高い場所にあるのかもと言いながら宍神は自 […]
第3話: 地下クラブでの事件は
地下クラブでの事件は宍神たちが介入することなく処理された。数名がナノフラクタル・ナイフで斬殺され、すし詰めの客が出口に殺到。将棋倒しで百名近くが圧死した。暴走した人形は駆けつけた警官隊に破壊され、事実の大半を伏せた報道が […]
第4話: 封鎖された地下道が交差する広場を
封鎖された地下道が交差する広場を、有機ELランタンが亡霊の夢のように浮かび上がらせている。制服の少女が枯れた噴水のベンチで青い手帳にペンを走らせていた。前髪が切り揃えられた漆黒の長髪。口元のホクロは造り物めいた顔を誤魔化 […]
第5話: 声で眼を醒ました
声で眼を醒ました。 製作台の上で膝を抱えていた。膚を刺す冷気で裸だと気づく。裸電球の光に埃が舞い、吐く息が白かった。どうして彼の仕事部屋にいるかわからなかった。埃っぽく窮屈なこの部屋が好きじゃない。棚や作業机、旋盤にド […]
第6話: 連続した炸裂音。一瞬前までいた床が
連続した炸裂音。一瞬前までいた床が線を描くように弾けて抉れた。男の悲鳴がゴボゴボという濡れた音に変わった。その連れらしき女が血の海を這いずって逃げるのが見えた。宍神はちありを物陰へ押しやって煙に目をこらした。狂ったような […]
第7話: 植民地様式の白い大きな家だった
植民地様式の白い大きな家だった。冬でも芝の青々とした庭園。落葉樹にまで趣があった。玄関で迎えた引っ詰めの娘は助手らしかった。扉を引き開けたのとは反対の手にスタイラスを握っている。腫れぼったい眼で来訪者を眺めた。宍神は本名 […]
第8話: 宍神は手近なカフェに入り
宍神は手近なカフェに入り、奥の目立たない席で携帯を手にした。いくつかの単語を入力して検索した。アンダーグラウンドな掲示板やソーシャルメディアの投稿がいくつもヒットした。ある企業が無数のダミー会社を経て「人間開発研究所」な […]
第9話: 昔々、仲のいい五人組がいた
昔々、仲のいい五人組がいた。いずれも似たような境遇に生まれ育った。それが彼らを結びつけたのかもしれない。宗教指導者の父親から宍神は物心つく以前から一挙手一投足を執拗に否定されて育った。母親はいつもその場をやり過ごすために […]