
Pの刺激
by: 杜 昌彦
第1話 : プロローグ 「悪夢潜り」の誕生
これは世界の終わり の物語が書かれた本 を読み耽る傴僂《せむし》の猿 を閉じ込めている檻 の建つ荒れ果てた丘 が見下ろす小さな街 を覆い尽くす黒い霧 が呼ぶ世界の終わり の物語が書かれた本 ――羅門生之介『PUNK』 […]
第2話 : 怪しい依頼人
州|辻郁夫《すつじいくお》はイグアナに似ていた。眠たげな眼は下瞼があるかに見える。背中の火傷痕は鱗を思わせた。小学校以来、誰もが彼を「いっ君」と呼ぶ。呼ばないのは親友の母親、瑠璃子くらいだ。だらしなく伸びた髪に襟のたるん […]
第3話 : 元天才作家の憂鬱
羅|門椎奈《らもんしいな》は十四にして消費された。ウォーホルのいう十五分間を使い果たしたのだ。 茶川賞を最年少受賞。華々しい文壇デビューで日本中の話題を席巻した。週刊誌のグラビアを飾りワイドショーに取り上げられる。受賞 […]
第4話 : 家出少女の救出
どんな仕事にもお定まりの手順はある。家出少女捜しには刻文町から手をつけるのが定石だ。青葉市一の歓楽街。キャッチとぼったくり、ヤクザと風俗の街だ。駄洒落の店名と毒々しい電飾、アイドルの集合写真を無断転用したパネル、脂っこい […]
第5話 : 負け犬の過去
「あ痛て……」編集者は顔をしかめ、吾朗の椅子で身じろぎした。「お手柔らかに頼みますよ、瑠璃子さん」 「大の男がガタガタいわない。ちょっと染みたくらいで」瑠璃子はアルコール綿で編集者の傷口を消毒した。右手にピンセット、左手 […]
第6話 : 禊ぎを前に
築半世紀にはなろうかという、木造モルタルの四畳半アパート。ジャージに裸足の男たちが、ささくれた黄色い畳に車座になり、陰鬱な顔を突き合わせていた。 独特の臭いが籠もった室内。ボロ布と化したダークスーツが三着、漆喰壁の鴨居 […]
第7話 : 探偵ごっこ
原色のネオンに騒々しい音楽。仕事帰りの人々に付きまとう客引き。埃っぽい排気ガスとラードの臭い。潰れた飲食店と入れ替わりに風俗店が増殖し、中央資本も入り込んで老舗を移転や廃業へ追い込み、この街ができあがった。ただでさえ狭い […]
第8話 : 悪夢潜り
赤黒いトンネルには掃除機のような唸りが脈打っていた。郁夫はそこから白黒世界へ抜け出た。隣に横たわる少女の丸くて広い額から、どす黒い煙の糸が立ちのぼっていた。 郁夫の魂は肉体から遊離した。浮上する気泡のように筋を辿って上 […]
第9話 : 大立て者の脅迫
郁夫と大男に挟まれて椎奈は腕組みをしていた。ドレスは皺になってはいたが乾いている。男たちを待たせて三十分もシャワーを浴び、念入りにドライヤーとブラシを当てた。郁夫はといえば髪は寝癖がついたまま、顔には乱闘の痕跡に加え、疲 […]
第10話 : ビラ撒きの犯人
その用心棒はクローンではなかった。ヘッドハントされるまでは髪を金色に染め、ヴィジュアル系バンドでドラムを叩いていた。新入りにギタリストの座を奪われたのだ。この見てくれでは仕方ない。広い肩幅、分厚い胸板。顔はオルメカの巨石 […]