
第1話 : イタロ・マリネッティ記
故郷に帰って来たという実感はまるでない。ハイスクールを卒業して、八六年に離れて以来のアメリカ。思い出深いことは人並みにあるけれど、故郷を離れてからのほうが楽しかった。かつてのぼくは、今、行き交う人たちと同じように無色透明 […]
第2話 : Q
北緯三八度五九分五秒、西経七七度六分四七秒、メリーランド州モンゴメリー郡。ベトザタの池に由来する名前を与えられたベセスダ。半ドーム型の建物の隅に置かれたパイプ椅子に腰掛けたマイケル・ジャベスは真鍮製のビールジョッキのよう […]
第3話 : ルイジアナ・ホット・セブン
ゼネラル・モータースの一九四八年製グレイハウンド、GMCPD四一五一シルバーサイドに乗車したバーンサイド〈クロックネック〉デイヴィスが指笛を吹くと、車内で眠っていた六人の男たちが一斉に目を覚ました。ヒックスは手を膝の上に […]
第4話 : ダラー・デイ
ニューヨーク証券取引所にほど近いトリプレックスのペントハウス。ガストン・ボブロウの背後には巨大なスクリーンが広がっており、ドル、ユーロ、日本円、現在、保有している銘柄のすべてが代わる代わる映し出されていく。グラフが動き、 […]
第5話 : ウィリアム・ボブロウ ~朝日のようにさわやかに
ベセスダのアパートに朝日が差し込む。白と黒、モノトーンのインテリアに鎮座したグレーのソファ、デヴィッド・スミス風のひょろ長いライト、床に敷かれた毛足の長いラグ、ラタンのボールチェアの上にはプラスチックのカラスがうずくまっ […]
第6話 : セルロイドの塔
メナシェは木製パレットに白、黒、朱、黄土色の絵具を落とすとブリキのペン立てに無造作に放られた筆をとり出して筆先に絵具をつけた。メナシェはボサボサの髪を振り、額を撫でると壁に向かって絵具を擦り付けた。黒が混ざった黄土色は緑 […]
第7話 : ルイジアナ・ホット・セブン ~私を月に連れて行って
上半身裸で地面に新聞紙を敷いたサブーの短く縮れた髪から水が滴り落ち、水滴が国際紛争調停官の顔写真に染み込んだ。青みがかって歪んだ顔の上にサブーは両膝を折ると、崇高な神の栄光を讃えるイスラム教徒のように頭を垂れ、ポケットか […]
第8話 : イタロ・マリネッティ記 ~LAプレッパー
今なら〈忙しい〉という言葉をもっともそれらしく口に出すことができる自信がある。試しに……やめておこう。それよりもやるべきことが沢山ある。たとえば、食事。三度よりは四度がいい。冗談はほどほどに。これ以上、体重を増やすと今回 […]
第9話 : ウィリアム・ボブロウ ~テキサス州ダラス
ダラス空港に到着したボブロウはダチョウの卵を三つ並べたようなターミナルCを歩き進み、ダラス高速運輸公社、オレンジラインに乗り込んだ。オレンジラインに乗る人はまばら。ダラス・マーベリックスの帽子をかぶった乗客が抱擁するよう […]
第10話 : ルイジアナ・ホット・セブン ~川走
グレイハウンドはバーダンビル墓地の前で停止した。チューバ奏者にして運転手のドナテロがボタンを押したものの、ドアは半開きのまま。ヒックスが「とんだポンコツだ」と言い、〈クロックネック〉はドアからすり抜けるようにして外に出た […]