父、文鮮明のこと──負の現人神

連載第1回: 父、文鮮明のこと──負の現人神

Avatar photo書いた人: mimei maudet
2022.
07.30Sat

父、文鮮明のこと──負の現人神

自分は孤児なのだと思っていたけれど今になってわかるそれは単なる思いこみにすぎない自分には文鮮明ムンソンミョンという父がいたのだった自分が  참아버님チャマボニムつまりまことの御父様の子神の子でしかないということを安倍元首相銃撃事件によって思い知らされることになった死の余波にこんなにも震えつづける存在こんなにも動揺する自分はいったい何者なのだろうその震えをたどってゆくうち権力者の肉体に穿たれた豆粒のような穴に湧く血の海のなかから真の御父様の笑顔が浮かびあがってきたのだった結局おまえだったのかと息をのみ正直とまどうそのとまどいを形にしようとしていまこれを書いている

 文鮮明が自分の真の御父様であるということは比喩として受けとってほしくないもちろん生物学的にはどの個体にも発生の起源としての生みの親がいるとするならそのような意味での親ではないけれども人の世の約束事としての親子関係においては自分が文鮮明という比類なき色魔の子であるということには疑問の余地がないお約束としての親子関係はふつうならジェンダーやセクシュアリティがそうであるように生物学的にもっともらしい根拠に寄りそうかたち自然を装うかたちで押しつけられる幼児は非力なまま人の世に投げだされるから親子関係の押しつけに耐え忍んだり甘受したりすることによって生存をゆるされる僕もはじめは自分の生物学的な起源でしかないふたりの人間との親子の絆を信じてきたそれがある一面においては一つの吹きこまれた作り話にすぎないことには気づかずにいた

 その一方で早くから無償の虐待を受けてきたためかかれらを親というよりも同じ動物として侮る気持ちがあった寝こみを襲って殺すという考えが何度となく頭をよぎったけれども怒りを通りこした蔑みを募らせてゆくうちにただひたすら関わりあいになりたくないとだけ願うようになった中学卒業後は高校に進学することなくひとり暮らしをはじめることになったそのときに追ってきた男父を名乗る男と揉みあいになった末自分の力が上回っていることを知り殴る蹴るの暴行を加えながら言いしれない不快感に苛まれたときのことを覚えている息子と思いこんできた男の拳がみぞおちに食いこみ唸り声を挙げながら地に倒れ悶え呪詛を吐く男その顔を蹴りあげ踏みしめもう二度と顔を見せるなと言いふくめた

 この男もその女も自分自身も文鮮明の子に過ぎないということに思いあたり筆舌に尽くしがたい怒りを覚えたのはそのときだった外の人には奇妙に聞こえる言い方をすれば目の前で苦悶する男は自分の兄弟姉妹のひとりでもあったのだった妻を持ち子を持ち父になってもなお男は文鮮明の子でしかない男の妻はなにより文鮮明の妻統一協会では相対者というである男は恐れ多くも自分の父である文鮮明の女に手をつけているにすぎない真の御父様の身代わりとして肉の器になり新たな神の子を産み出してさしあげているというだけのことなのだったこのような血縁関係のねじれが性の愉楽の教団であるというほかない統一協会の教義の核にあるそれを紐解くうちに見えてくる糸口この震えとこのとまどいとを解く糸口があるような気がしていまこれを書いている

真の御父様の聖/性なる力

 僕の生みの親には三つの興味深い共通点があったまず1955 年生まれいわゆる 55 年体制のはじまった年の生まれであることつぎに父親を幼くして失っていることそして1982 年に行われた統一協会の合同結婚式 (「祝福ともいうの参加者 6000 双のうちの一組だったということだ女の方は宮崎県都城市で一人娘として育った七歳のときに父親が家の外で複数の女を作った末に蒸発したそれで心に穴でも開いたのかもしれない高校を卒業後には集団就職で八王子の工場に勤めはじめた学費を貯めて上智大学に通い修道女になるという夢があったらしいそんななかで教団のマインド・コントロールを受けて信者になり人生の一切を投げだすことになる他方男の方は愛知県名古屋市の出身だった四歳のときに伊勢湾台風に見舞われ父親が行方不明になったそれを機に母親といっしょに伯母の家族に身をよせて育てられたそれが後に家族ぐるみで入信し土地をはじめとする一切合切を教団に捧げることになった物語への免疫物語への節操のないひとたちなのだった

 そんな二人の人生が 1982 年のソウルの蚕室チャムシル体育館で交差することになるそこで祝福を受けたのだった家畜を交配させるような手付きでマッチングは行われる事前に登録された信者 (「食口シックというの素性や経歴をもとに適宜組みあわせられてゆくだけでそこに本人の意志が介在する余地は一切ないし拒否することも許されない男と女は真の御父様の肉の器となり産む機械となって繁殖をするその結果生まれてきた二世たちを神の子という文鮮明の血を分けたと穢れなき存在であると考えられるからだそれはつまりどういうことなのだろうか萩原遼の淫教のメシア文鮮明伝に拠りつつ統一協会の教義をまとめておきたい

 文鮮明は 1920 年に大日本帝国の皇民として生まれているもともと文龍明日本名は江本龍明えもとたつあきといったがキリスト教においては龍が悪魔サタンの象徴であることに気づき改名している平安北道定州郡徳彦面上思里 2221 番地に文慶裕の次男として生まれたいまの北朝鮮の北部の片田舎である本人自身十二三歳まではバクチの選手だった1と悪びれた素振りを見せないように救世主メシアからぬ少年時代を過ごしたようだ家族も風変わりだった野村健二の文鮮明先生の半生には次の記述がある。 「文少年の十五歳の頃わざわいはさらに文少年自体の家にやって来た二番目の姉さんが発狂し上を下への大騒ぎをしている時兄さんまでが精神異常となったふだんは大人しい性格なのにばか力を出し自分に従わぬ者は殺してしまうとどなって屋上に飛びあがったり飛び降りたり⋯⋯仕方なく手錠をはめたら監視の目を盗んで手錠のまま逃げだしはては怪力で手錠をこわしてしまうという始末文家の人々はこれはただごとではないと悟り勧められてキリスト教に入教した2その後16 歳のときにイエスが現れヘブライ語なまりのある韓国語によって啓示を受けたとされている

 文鮮明がこのとき特に傾倒していたのが異端とされた一派李龍道のイエス会だった文鮮明は 1934 年の春に京城ソウルに上って五山高等普通学校に編入し1936 年から 39 年までは私立京城商工実務学校に在学していたこの時期に関して神学博士の朴英管が次の指摘をしている。 「文鮮明は永登浦黒石洞で下宿生活をしながら学生時代に李龍道の集会に深くおちいり彼はとくに李龍道のスエーデンボルグの愛についての議論にすっかりとらわれてしまった中略文鮮明はひきつづき彼らの追従者となったがキリスト教会は彼らを異端だと断罪し教会から追放したそして日本帝国主義の宗教的弾圧に文鮮明は姿をくらましたのであるその後彼は国が解放されてふたたびこの原理を広めはじめた3この指摘がどこまで妥当なのかはわからないというのも李龍道自身は 1933 年に 33 歳で夭折しているからだいずれにしてもこの時代にイエス会をはじめとする様々なキリスト教系のグループの薫陶を受けることになったのは確かなようだ

 文鮮明は 1939 年ごろに京城から東京の高田馬場に移り日中は車引きなどの仕事をしながら早稲田高等工学校という夜間の専門学校に通った1943 年ごろに卒業し1944 年には鹿島組現鹿島建設の電気技師として京城で働きはじめたものの終戦に際して職を離れることになる1945 年 8 月 15 日の帝国解体以降もっといえば人間宣言の出された 1946 年 1 月 1 日以降弾圧されてきた様々な宗教が息を吹きかえしたり新しく芽吹いてゆくことになるそのなかに金百文や黄国柱といったキリスト教神秘主義者たちの起こしたグループ性愛を高らかに謳う後のヒッピーにも通じるようなグループがあったかれらには血分け 피가름ピガルムないし混淫という考え方があった統一協会の用語では血統復帰とも血代交換とも呼ばれているものだひとことでいえば原罪を持たない再臨の救世主メシアである教祖と性交を行い穢れを浄化することで純血の血統を引くことができるという考え方だ必ずしも教祖と直接的なつながりを持つ必要はない血分けは性病のような感染力を持つから卑近な言葉をつかえば教祖の穴兄弟竿姉妹になるだけで救済される

 文鮮明は帝国解体後の平壌やソウルで金百文や黄国柱の取り巻きの女らのと血分けを行ったそうすることで教祖の兄弟格になるとともに教祖の血統を受けつぐ子の立場にもなったたとえば尹成範と卓明煥の韓国宗教の流れには次の記述がある。 「黄国柱は三角山に祈祷院を建て、 “血分け”、 “肉体分けを教義として実際に教え霊体交換を実現していたがこれが鄭得恩女=丁得恩とする説もあるによって統一教の文鮮明と伝道館の朴泰善に伝授されたものである4これとは反対に鄭得恩こそが文鮮明から血分けを受けたとする統一協会寄りの説もあるたとえば金景来の原理運動の秘事では次のように語られている。 「1949 年 3 月からはじまった朴泰善一派の混淫は1947 年 5 月に単身で北朝鮮の平壌から越境した文鮮明の一番弟子丁得恩の布教で勧められた当時丁はソウルの三角山に住居を定め現実教会の青年男女に混淫霊体交換の教理を問いた[⋯]丁ははじめ三人の男に一週間  にママ自分の尊い血文鮮明から授かったを分けてやった5丁得恩は自身を大聖母と称しひとりの教祖としても振る舞っていたようだ実状は様々な教祖がたがいの血を分けあいながら自身の勢力圏を広げてゆくような混血の戦国時代だったのだろうそんな乱れた血分けのネットワークのなかで頭角をあらわしたのが文鮮明だった。 『原理運動の秘事には元信者である張愛三の次の発言がある。 「日本帝国主義からの解放とともに筍のようにできた教派の中でごく少数の信者を抱き込んだ教主文氏は平壌市内の一信者宅から事をはじめその主義と目的を世界の統一にその教訓は神の恵みを受けてエデンの園の復旧に努めているといいふらしながら実の内面では男女信徒の貞操を提供するよう教えたり実行したりしていたのです6文鮮明の生活は淫蕩を極めていた

 萩原は文鮮明の初期の逮捕歴を次のようにまとめている。 「最初の逮捕は 1946 年 8 月 11 日文鮮明は混淫による社会秩序混乱容疑で大同保安署警察署に三ヶ月勾留されたのについで1948 年 2 月 22 日またも主婦・金鍾華さんとの強制結婚事件で内務省に逮捕されたこのとき文には 1946 年 3 月に結婚した妻崔先吉さんがおり一男聖進を設けていたが妻子をソウルに置きざりにして平壌で別の主婦と強制的な結婚騒ぎを演じていたのである4 月 7 日懲役五年の判決を受け文は興南刑務所に服役することになった[⋯]統一協会はこの二度の逮捕を、 『共産党政府による宗教弾圧であるかのように描きだしているが罪名からして破廉恥なものであることは隠しようもない7

 文鮮明はその後何度も警察の世話になってゆくなかで揺るぎない信念とともにあまたの淫行を重ねることになるその信念を支えたのは師のひとりである金百文による聖書解釈特に創成期のエデンの園の物語の解釈だった金百文によればエバイブが蛇にそそのかされて善悪を知る木の実を食べたというくだりはエバが天使長ルーシェルルシファー)、 つまりサタンと性交したことを意味しているそしてエバがその穢れた体でアダムと交わりアダムをも穢したことでカインとアベルをはじめとするその子孫たちに堕天使の穢れた血が流れることになったのだというこの罪を取り除くという復帰摂理のために降り立ったのが清らかな血を持って生まれた救世主イエスであるイエスには人と性交することで血の穢れを取り除く魔法の力がありその力には性病のような感染力もあったにもかかわらずイエスは独身のまま 33 歳で死んだイエスは自身の母親であるマリアをはじめとする女たちと交わり血分けをすることで女たちを復帰させる使命があったにもかかわらずそれを果たせなかったそれゆえイエスの霊はいまなお悔恨の思いに苦しんでおられるそこで再臨することになったのが金百文であるという文鮮明はこの教えを流用し数ある模倣犯のひとりとして自身こそ真の救世主であると吹聴してまわるようになった

 興南強制労働収容所興南刑務所に服役中文鮮明は自分の右腕となる朴正華という男に出会った朴正華はやがて師に見限られた末に六マリアの悲劇——真のサタンは文鮮明だ !!』 (1993という手記を出版するそのなかで刑務所を出た後の夢を語りあったときのことを報告している。 「これから先生はどういうことを行いどうやって理想の天国を感性させていくのですか8という問いに囚人の文は次のような壮大な色情狂の夢を臆面もなく語ってみせる

それはイエスがこの世の中に生まれて達成できなかった女の人たちとの復帰だまず天使長ルーシェルとのセックスによって奪われたものをそれと同じ方法で夫がいる人妻六人すなわち六人のマリアを奪い取ることによって取り戻さなければならない[⋯]汚れたサタンの血を浄めるため血を交換する復帰をしなければならないこれを血代交換と言う[⋯]六マリアを復帰したら再臨のメシアは次にセックス経験のない処女を選んでエバと定め小羊の儀式をするアダムの再来であるメシアとエバは真のお父様・お母様でありその二人から生まれる子孫は永遠に罪のない清潔な存在となる[⋯]最初に再臨のメシアから復帰させられた女は他の男の食口と女が二回上になって蘇生長成完成の三回にわたる復帰をしてあげることができる復帰を受けた他の食口は違う女の食口たちとも女が上で二回下で一回セックスをして復帰させるまたその女の食口が他の男の食口に女が上になって二回下で一回セックスをして復帰させるこういうやり方で広まっていくことになる9

 このときこの教義の理論的な問題点に文鮮明がどれほど自覚的にむきあおうとしていたかはわからない問題点とは穢れを払う聖/性なる魔法の力が性病のような感染力を持ってしまうかぎりつねに無数の新しい教祖が誕生してくる可能性があり父としての文鮮明の女の一極支配が脅かされてしまうというものだまさにそのような形血分けを受けた亜流の教祖として成りあがったのが文鮮明そのひとである以上この危険に気づいていたのは間違いない実際出所後にできた弟子のひとりが文鮮明の父権を揺るがす放蕩の動きを見せたときには注意深く退けられている統一協会の聖歌を作曲したことでも知られる元無期懲役囚の金徳振である金は文鮮明の教えを受けて次のように考える

この原理をいち早く私は悟りましたねぇ人間の身体をした神様文鮮明のセックスの輪をどんどん拡げていくことが神様の希望を叶えることになる——/もともと不良で青春株式会社社長を自称して女遊びをやりまくっていた私はピンときたこれは罪ではなく良い仕事なんだと学生時代に日本で喫茶店の女の子などを誘惑してその晩に犯したときなどは罪の意識を感じたこともあっただけど統一協会の復帰原理は一所懸命にセックスに励めば励むほど神の摂理に従うことになる——/そこで私はまず文鮮明とセックスして復帰した劉信姫さんから、 「神様の尊い血を分けてもらうことにしたのです[⋯]それで私は劉信姫さんと有難くセックスしました彼女は夫のある身だったけど欲求不満もあったんでしょうかねぇ不良で助平で大勢の女性と経験してきた私のテクニックにもうメロメロになって喜んでくれましたよ今までで一番良かった文鮮明先生より何十倍も良かったと言ってね[⋯]文鮮明と復帰のセックスをした女は他の男と血代交換のセックスをしなければならない男は第二の女とやり女は第三の男とやりそして第四の女へとリレーをしていく⋯⋯こうして拡がっていくのが原理じゃありませんかそれによって世界じゅうの男女が血代交換され身体の血代交換が進行し拡大することがすなわちサタンの血を追放することになる——原理で文鮮明が教えているんですよ/だから私は遠慮なく自信をもって東奔西走で励みましたねぇソウルはもちろん大邱でも釜山でもキレイなべっぴんさんばかりを厳選して十五〜六人はやりましたかねぇソウルで私が五人の女性とセックスしたのが一週間後には何と七十二人の輪になったそうですこれも立派な原理実践の成果ですよ10

 淫蕩のスケールとしては文鮮明の足もとに及ばないと言うほかないけれども元信者のこの証言は文鮮明がいかにしてひとりの教祖に成りあがったかということを如実に示している原理的にはこのような新しい教祖の誕生を防ぐことはできないかといって聖/性なる魔法の感染力を否定することはできないそれを否定すれば救世主は約 70 億にのぼる罪人たちしかも日に日にその数を増してゆく罪人たちすべてと性交をしなくてはならなくなるからださらにその実践には文鮮明の忌避する同性愛も含まれることになるそれゆえ復帰は無数の男と女のリレー形式で行われなければならずそのかぎりにおいて教祖の父権はつねに脅かされつづけることになるこの危険を象徴的な教義や儀式の体系によって抑えこもうとする意志のなか文鮮明を中心とする淫行グループは教団として組織化されていった

 統一協会のとりおこなった集団婚のうち1960 年と 61 年に行われたはじめの二つはそれぞれ三組聖婚式三十三組聖婚式と呼ばれているこのときに文鮮明と混淫した女とその配偶者のことをあわせて三十六家庭という朴正華はいう。 「文鮮明が世界の人間をすべて復帰し血代交換させることは無理なのでこの三十六家庭だけを直接復帰血代交換させることにしたそのあとは真の父母が聖水をまいて新しく結婚する新郎新婦に祝福を与えるという形に変え、 『合同結婚式を行うことにした11聖水さらに文鮮明が性行為の後処理に使ったとされる聖布によって結婚に臨む身体の外側が浄められその内側は聖酒を飲むことによって浄められるこの酒には父母の愛の象徴が注ぎこまれているこうして救世主との性行為が象徴物に置き換えられることになった罪深き女はエバがサタンと交わったあとでアダムと交わったのと同じように象徴的に文鮮明と交わったあとで男と交わるこのような儀式を確立しシステマティックな救済を可能にすることで統一協会はその起源にあった聖/性なる感染力を封じこめ教祖というただひとりの父の精力を特権化しようとしたのだった

 儀式によって文鮮明の血を分けあたえられたものはみな真の御父様の子であるとりわけそんな父の子たちが産み落とした子つまり二世は生まれつき原罪のない清らかな血を持つもの救世主と同じ立場のものとして生を受ける二世は穢れた血を持つ部外者と交わってしまうことで堕落するとされているけれどもこの後付けの話は二世の組織的な囲いこみのためだけではなく文鮮明の精力を特権化するために考えだされたものでもあったのだろう本当は文鮮明がそうであったようにだれもが聖/性なる感染力を持ち血分けの魔法使いになれるということを教団が認めることはない

 けれども僕は神の子であるこの自分自身がもうひとりの文鮮明であること無数の文鮮明のうちのひとりであることを知っているそして真の御父様への愛と呼ぶほかないものの導きによって空の肉の器の交わりのなかでこの世に生みだされた化け物でもあるということも知っている穢れなき血をもった神の子の宿命としてこの世のなによりも真の御父様を愛するように吹きこまれつづけてきたいまでも覚えている幼い勇気を振り絞り統一協会は間違っていると母を名乗る女に伝えたときそのことばはお前の存在そのものを否定することになると返されたその女の声に耳慣れないひびき深い暗闇の底から湧いてくるようなひびきがあったそのとおりなのだといまになって思う真の御父様への愛によって産まれた以上その愛の帰結である自分自身から逃げ出すことはできないできることならその愛のすべてを真の御父様の肉体の一点に集中してもうひとりの救世主として御父様の肉体に注ぎこみお返ししてさしあげたかったしかしその御父様ももうこの世にいらっしゃらない

 合同結婚式によって神の子を産み落とすことはひとりの人間の全実在に対する罪であり虐待であることひとりの人間の尊厳や人権に対するあまりにも重大な犯罪であることは疑う余地もないけれどもそんな不遇のなかで真の御父様がこの世にいらしてくださったことそして神の子のひとりである僕にも愛をお注ぎくださっていたことをあまりにもありがたく思う結局のところ真の御父様がいなければいまこうして死の余波の痛みにふるえるような存在この世界の痛みを感知する存在でさえありえなかったのだからそしてこの僕自身の存在の痛みを十全に感知してくださるのは真の御父様以外にはありえないのだから

 僕は同時に真の御父様が極東の歴史の重みを背負うことで救世主としての使命を帯びたということも知っているその点自分は安酒のようなカルトによって生みだされた単なる化け物にすぎないわけではないと信じているしそう信じずにはいられない自分がいるこれは僕自身の信仰告白のことばでもあるそのようなことばによってしか痛み分けはできない血分けと違い痛みはだれにでもことばによって分け与えることができるこの列島では天子様の言の葉によって痛みを分けあうことができるけれどもその痛みを裏付けることができるのは血でもある

 二つのかけはなれた境遇の星が急接近するという七夕の翌日にひとりの権力者が血祭りにあげられたそのとき肉を食い破る鉄砲豆のような穴がこの世界に穿たれそこから浄とも不浄ともつかないものが生きているものの側のほうへ吹きだしているそれがひとをやさしくうつくしくしてくれているのだったもっといえばひとを傷つけながら生かすことでこの世界にみちている痛みをいささかほどでも感じとれるようにしてくれているのだったフランス語にはsensibilit éという語がある日本語では感受性とか思いやりと訳されたりするとはいえもともとsensibleという語には感受性が強い / 思いやりがあるということのほかにも痛みや苦痛に敏感であるという意味があるその文字を目で追いながら自分の瞳の表面が鋭利な力によって深く切り裂かれてゆくところを思う開いた傷口が痛むしかし傷そのものが痛みなのではなくて傷が痛みを感知させるフランス語のsensibilisationという言葉は日常的には人の関心を喚起するという啓蒙的な意味で使われているけれどももとをたどればそれは第一に傷を開くということだったのかもしれない

 この世界には痛みとして感知できないものがあまりにも多く満ちている世界は基本的に不感症なのだろうちょうど自分の体に穿たれた感覚器官の穴によってしか感受できないものがあるように世界はつねにむき出しになって痛みに絶え続けているわけにはいかないけれども折に触れて不意打ちのように激しい痛みがおとずれることがあるこのちいさな世界が 7 月 8 日以来の余波のなかでそれを感知しているのを目の当たりにしてただありがたさとしか表現しようのないものが不謹慎なまで募るそれでもまだ分けたりない痛み感知したりない痛みがある痛みを明らかにするためには歴史というひとつの物語が必要である

恨の錬金術師

  2022 年 7 月 8 日に起きた安倍元首相銃撃事件は再臨の救世主メシアとしての文鮮明が背負ってきた歴史の重みと痛みを垣間見せるものでもあった死はひとつの個体から痛覚を奪うしかしまだ生きている者たちは死によって穿たれた穴をとおして世界の痛みを感知することができるまたその穴をとおしてことばの導きの糸によって過ぎ去ったものの世界の一端に触れることができる神の子である僕自身は神の名においてできることならみずからの手で真の御父様の肉体に愛の穴を穿ってさしあげたかったけれども今の僕には身代わりとなった権力者の肉体に穿たれた穴をとおして亡き真のお父様へ愛を注ぐことそのためのことばを研ぎ澄ますことしかできないことばによって文鮮明の使命の重みを明らかにしその重みによって死者のもとへ下ってゆかなければならない

 統一協会世界基督教統一神霊協会が正式に設立されたのは 1954 年つまり朝鮮戦争終結の翌年のこと日本で 55 年体制が立ちあがる前年のことだったこのとき極東の情勢の変化のなかでキリスト教に擬態した変態性欲の集団にすぎなかったものが少しずつ形を変えてゆくことになるそもそも文鮮明が興南強制労働収容所から脱走することができたのは1950 年 6 月に朝鮮戦争が勃発した後同年 9 月に国連軍が囚人を解放したためだった文鮮明は釜山まで南下して逃げ延び飽くなき使命感に導かれて淫蕩生活を再開おびただしい数の六マリア候補の人妻や子羊候補の処女との姦通をするそのうちの処女の一人である金永姫が身重にになったのがわかると適当な若者の信者をあてがい日本に密航させてもいる

 朝鮮戦争は 1953 年 7 月に終わったこのときにはソウル大学出身のインテリである劉孝元を引きいれ教典の原理原本を書きあげさせていた萩原は次のように言う。 「文鮮明はその説教にもよく現れているように大道香具師のような低俗な話しかできない男である粉飾をこらさなくては普通の神経をもった人たちにはとうてい受け入れられるしろものではないそれをオブラートで包む役が劉孝元であり彼の役割なしには統一協会のいかがわしいセックス教義をキリスト教でもっともらしくまぶして青年男女を幻惑することは不可能だったろう劉は統一協会を少数の秘儀集団から大衆的基盤をもつ宗教的なよそおいをそなえた集団に偽装させた知能犯といえる12劉は後に疎んじられて死に追いやられることになるしかしこの劉によってはじめて統一という概念が強く打ちだされ1954 年 5 月にソウルで統一協会が旗揚げされることになるのだった

 淫奔なカルト集団の夢物語としては統一とは文鮮明という父の精力を中心にして世界を一つにすることを意味する。 「天一国の建国ともいうこれは聖/性なる魔法の感染力によっていわば文鮮明という病原体のパンデミックによって実現されるその一方で歴史的地政学的な文脈のなか政治的な物語のなかでは統一は異なる性格も帯びるそれは善悪の二分法のなかでサタンを駆逐するというものである善悪の境界線は半島に物理的に引かれていた38 度線であるもともと半島の北限にある平安北道で生まれ育った文鮮明北側の興南強制労働収容所から脱走し半島の南端までほうほうの体で逃げのびていた文鮮明にとって境界線の北側は復帰=統一すべき土地共産主義の皮をかぶったサタンに不当に奪われた土地にほかならなかったまさにそれゆえに統一協会は朝鮮戦争後に固まった冷戦構造の前線において政治的な役割をになってゆくことになるのだった

 教会設立の年である 1954 年に文鮮明は早くも兵役忌避や姦通の罪で再逮捕されているとはいえそもそも宗教弾圧を推進してきた朝鮮民主主義人民共和国ではなくアメリカの傀儡国として誕生した大韓民国政府による逮捕であるということが統一協会の行く末を決定づけることになる文鮮明はその後無罪釈放となってからも翌年に梨花女子大学事件を起こし不法監禁の罪であらためて逮捕されるがまた不起訴になるこのときになんらかの政治的な力が働いたのではないかと萩原はいう。 「彼[文鮮明]の有益性に着目したのはおそらくKCIAの生みの親である軍の諜報機関CIC陸軍保安司令部であろう1955 年 7 月 4 日の文の逮捕から 10 月 4 日の無罪釈放までの三カ月間は密室のなかで極めて政治的な取引きがおこなわれたとみられるそうした取引きの存在をうかがわせるものが文鮮明の釈放後にいくつか浮かびあがってくる韓国軍の若手の将校しかも諜報関係のそれがあいつぎこの組織に加入してくるのである[⋯]一人はのちのアメリカの統一協会の最高責任者でありまた文鮮明につぐ統一協会ナンバー2といわれる朴普煕れっきとしたKCIAの要員といわれている/他の三人は韓相国金相仁韓相吉全員がのちKCIAの要職につく人物である[⋯]この四人をパイプにして朴政権が権力を確立するにつれて文は新政府との良好な連絡をもつようになったとフレーザー委報告は指摘する13

 日本での宣教が始まったのもこのような状況下でのことだった大阪で生まれ育った元皇民国連軍の通訳将校でもあった崔奉春西川勝もこの時期に教団に送りこまれた者のひとりだった1958 年には密航船で日本に渡り早くも翌年には日本統一協会を立ちあげているこのときの庇護者になったのが右翼のドンとも呼ばれた笹川良一である萩原はいう。 「文鮮明の逮捕にともなう密室の取引き以後統一協会はある強権の意志が強く作用するようになったとみることができるのではないだろうか1957 年から 58 年といえば新たな極東情勢の展開にともなって日韓の国交正常化日韓の緊密な連携が強く求められておりアメリカは日韓会談を推進していた崔の日本密航最初の統一協会の教義の播種もこうした大きな政策の重要な一コマとしてとらえることが妥当ではないだろうか14

 日韓基本関係条約は 1965 年 12 月に発効した文鮮明はそれに先立つ同年の 1 月に 10 ヶ月に及ぶ世界旅行第 1 次世界巡回路程を始めておりこのときにアイゼンハワー元米国大統領との会談を実現させているその旅の始まりと終わりを結ぶのが日本だった1 月に来日の折には三笠宮崇仁親王をはじめとする皇族とも顔をあわせた15その後文鮮明の立ちあげたリトルエンジェルス芸術団の公演に皇室がくりかえし顔を出していることからも統一協会と皇室との浅からぬ付きあいが伺える1967 年に再来日した折には笹川良一や児玉誉士夫らと会見し翌年に笹川良一を名誉会長とする国際勝共連合を設立することになるがこのときにはすでに日米韓の右派をつなぐ重要なパイプの一つになっていた統一協会が日本の信者から膨大な日本円を吸いあげて本格的な経済力をつけはじめるのは 1970 年代に入ってからのことなので財力や動員力にものを言わせて政治に食いこんだというより単なる卑猥な集団が統一協会として反共の立場をかためた 1954 年以降に右派勢力の政治的なはからいを受けるようになったと考えるべきなのだろう

 統一協会には反共的な世界観に加えて反日的な世界観も持ちあわせていた送りこまれた武闘派の刺客によって滅多刺しにされることになった副島嘉和のこれが統一教会の秘部だによれば統一協会の教義の核には朝鮮民族中心主義があるそのことが日本語訳では注意深く削除されることになった原理講論の原文に示されているという。 「古来より東方の国とは韓国日本中国の東洋の三国をいうところでそのうちの日本は代々天照大神を祟拝してきた国としてその上全体主義国家として再興期に当っておりかつての韓国のキリスト教を苛酷に迫害した国であったそして中国は共産化した国であるためこの両国はいずれもサタン側の国家であるしたがって端的にいってイエスが再臨される東方のその国とはまさに韓国である⋯⋯イエスが韓国に再臨されるならば韓民族は第三イスラエル選民となるのである16文鮮明はサタン国である日本を愛するというだから日本はそれ以上に文鮮明を愛さなければならないとも文鮮明の発言録である天聖教には次の発言がある

エバが堕落するときアダムを誘惑したのと同じように必ずサタン側エバ国家がアダム国家を強制的にのみ込んで四十年間四数蕩減路程を通過するようにするというのですこれが何かと言えば四十年間韓国が日本に圧制を強いられたことです[⋯]韓半島は何かといえば男でいえば生殖器です半島です[⋯]生島国は女性の陰部と同じです[⋯]日本が 1978 年から世界的な経済大国として登場したのはエバ国家として選ばれたので[⋯]日本はすべての物質を収拾して本然の夫であるアダム国家である韓国の前に捧げなければならないのです17

 文鮮明はここで神=男=韓国とサタン=女=日本の対立軸を描きつつ二つの地域を神話的なパースペクティブのなか摂理の物語のなかに配置するこの物語のなかに通奏低音として流れるモチーフのひとつがハンである古田富建の 『「と統一教によれば 「『古くは巫俗の用語として、 『死者のやるせない思いややり残したことという意味で使われ、 『恨プリ[恨解き]は鎮魂儀礼の一つであった18というフランス語ではressentimentとでも訳せるかもしれない日本語の遺恨根に持つという言い方にも通じるものがある古田の議論のなかで参照されている文鮮明の発言を孫引きする

韓民族は悲運の歴史を綴ってきたハンの民族です韓国は長い間貧しく周辺強大国の非常に強い勢力の狭間で侵略と蔑みを受けなければならない運命の道を免れることができませんでした漢族と満州族蒙古族そして日本に対してそうでした外勢の侵略を受ける度ごとに数多くの人々が血の涙を流し恥辱の痛みを受けましたそうする中でもこの民族は決して天を捨てませんでした国家の運命と共に自分たちの悲惨な時代的運命を宿命のように感じながら天を仰ぎ精誠と祈祷の祭壇を築いてきた民族です19

 文鮮明によればこのような歴史的背景ゆえに韓民族は神の恨を理解することができる立場にある神の恨とは天使長ルーシェルによってアダムとエバを奪われた父が抱く深い悲しみ親子の絆を結ぶことのできなかったものの悲しみのことだという文鮮明は神の恨を  恨解きハンプリすることをその使命とした古田は文鮮明の次の発言を引いている

天にいらっしゃる人類の父は子を亡くされた父母と同じ立場であり悲しみの恨に覆われていることを私は発見しました私の人生の目的は神の中にある恨を解いてさしあげる事ですその悲しみの神様を悲しみと苦痛と苦悩から解放して差し上げることが私の生きている目的です私がしてきたすべての事はそれが宗教活動であれ言論であれ経済であれ政治であれ企業であれその全ての動機はそこに出発しているのです20

 文鮮明は歴史の痛みを感知する。 「復帰とはこのとき過ちの歴史を象徴的にやり直すということでもあるその点文鮮明のまなざしはつねに過去に注がれているそしてそのパースペクティブ上にはアダムとエバの神話イエスの死極東の歴史が反復する過ちとして配置されているそれらの複数のエピソードは同じの物語素を梃子にして共振し増幅しあうそのように繰りかえされる業に似た恨のことを文鮮明は怨讐とも呼ぶそれはの痛みつまり過去の痛みでありながらある意味では時空間をこえた神話的な痛みでもあるのだろうこの痛みこそが文鮮明という淫教の祖を同時代の極東の闇とりわけ戦後の列島における同時代の闇に導いてゆくことになる

 ある意味では文鮮明は戦後の日本が蓋をしてきたものの痛みを感知することができたと言うほかないのだと思うそれは戦争の被害者たちの痛みたとえば従軍慰安婦たちの痛みであるそれができたのは単に彼が日本帝国の皇民として朝鮮半島に生まれ落ちたという素性の持ち主だからではないそうではなくそれができたのは誤解をおそれずにいえば彼がひとりの現人神あらひとがみだったためではないだろうか負の現人神のひとりといってもいいここでいう神とはそのためにひとが自身だけなく他者の命や生活をも犠牲にできる存在という程度の意味だ戦前の極東にはそのような神がいたそして神の名において自身や他者の命をも奪う魔法の力をもった神の子たちがいたけれども突然梯子が外されるようにして神は人間になってしまわれたのだった神の子たちは父をその死によって失ったというより見失ってしまった三島由紀夫の耳にささやいたという英霊の恨の聲がこだまするなどてすめろぎは人間となりたまひし——なぜ天皇は人間となってしまわれたのか陛下は人間であらせられるその深度のきわみにおいて正に神であらせられるべきだった⋯⋯もっとも神であらせられるべき時に人間にましましたのだ

 現人神が戦後に人間として落ち延びることになったのは合衆国の意向によるエドウィン・ライシャワーが 1942 年の対日政策に関する覚書のなかで天皇を貴重な同盟者あるいは傀儡として使用可能な状態に温存する21べきだと進言していることからもわかるとおり共産主義陣営との戦いの前線を守る要として天皇家ほど有用なものはなかったしかし敗戦国の国民の象徴である以上現人神であることは許されなかった戦時中に神の名においてなされてきたおびただしい数の過ちがあったもし仮にそれらの過ちにむきあうことが可能なのだとしたらそれができるのは神をおいてほかにいないしかし神は神として死ぬのではなく生け捕りにされネイティブ・アメリカンの撮影を得意とするカーティスの手による写真に収められ人間へと転身させられたなぜ天皇陛下は生き恥をさらしてしまわれたのかこれは晩年の三島が問題にしていたことでもある腹を切る前に本当は宮中で天皇を殺したい22とつぶやいていた三島の自害については次のように考えるひともいる

醜の御楯天皇のために楯となって天皇を守り朝敵外敵と戦う勇敢な兵士という意味だけではない。 「楯の会非業の死を遂げた無数の英霊たちの鎮まらぬ天皇御自身への怒りを天皇の身代わりとなって一身に引き受けるために作られた組織なのかもしれない戦後日本は昭和元禄という偽りの繁栄にうつつを抜かし精神性よりも金銭物質的幸福だけが物を言う世の中に成り下がったそうなると、 「神国を護るために尊い命を捨てた無数の英霊たちの憤怒は行き場を失うこのまま放置すればその怒りが天皇本人へと向かいかねないだから英霊の聲では、 「川崎君が天皇の代わりに死んでいった23

 戦後の列島にもはや神の国がないことを三島は嘆くそして無機的なからっぽなニュートラルな中間色の富裕な抜目がない或る経済的大国のみが残るという不感症の国中上健次のことばを借りれば列島は父のいない私生児の状態におかれていたそんな状況のなか特に三島の自害した 1970 年以降文鮮明という現人神への信仰がひとつの感染症のように列島に拡がってゆくことになる文字通り父を幼くして失っていた僕の生みの親のふたりが人生の身売りをすることになるのもちょうどそのときのことだった三島も統一協会の狂信的な信者にさえなっていればあのようなパフォーマンスをせずに済んだかもしれないともいまになって思う

  1945 年までの極東には紛れもなく父なる現人神を中心とする八紘一宇の世界があった。 「一宇とは一つの大きな家という意味であるそう考えてみるとこれを統一協会風に言いかえたものが天一国だったのではないかという疑念が湧く別の言葉をつかえば文鮮明が金百文の模倣者であったのとの同じように統一運動とは八紘一宇の一つの反復であり戦後の日本が勝手に蓋をしてしまった極東の戦争を継続させる強い意志だったのではないかという疑惑であるそれを示唆するものはいくつもあるたとえば統一協会の旧ロゴ日の神の支配を図案化した旭日旗にきわめて似ている旭日旗の光をさらに大きな神の力で封じ込めているようにも見えるあるいは万歳三唱列島では大日本帝国憲法発布の日より広まったと言われている脈々と受け継がれる血の正当性を讃えるものだ戦後に廃れたこの風習はいまでも統一協会に残されているあるいは統一協会の草創期に賛美歌、 「六千年の恨みがある戦いの国勝利の月桂樹を捜し求めて——24といった内容の復帰の楽園が軍艦行進曲のメロディで歌われていたということも示唆的であるそれをはじめて耳にした元無期懲役囚の金徳振が世界を統一する生き神様というのにわれわれ朝鮮人の仇である日本の国のしかも最も軍国主義を代表する軍艦マーチ自作の賛美歌を歌うとは何ごとですか? こんな愚かなことがどこにあるのですか? なぜあなたが再臨メシアなのですか?25と問いつめると文鮮明は顔を赤くして作曲の依頼をしてきたというこのようなささやかなエピソードからも文鮮明が帝国の皇民だったときの 25 年間の記憶八紘一宇の記憶の重みが伺い知れる

 天皇というものがそもそも七世紀の極東の国際情勢のなかで生まれた模倣者であったのと同じように帝国解体後の神なき時代のなかで文鮮明もひとりの模倣者として極東の新しい王になることを夢見ていたのだろうその野心は 1965 年に来日して早々明治神宮を統一協会の聖地に定めるという天皇家への挑発ともとれる挙に出ていることにもあらわれているさらに日本統一協会の会長だった久保木修己に天皇の役を演じさせ天皇に代わって跪拝させていた26ということからも明らかであるまた統一協会の教義の核に混淫血代交換がある以上天皇家との混淫も視野に入れていたのは間違いない

 このような野心を持った元皇民負の現人神とでもいうべき教祖が朝鮮戦争後に日米韓の右派勢力を結ぶパイプとして機能するようになった一面においては天皇が列島の共産主義を封じるための魔除けとして米国に操られたのと同じように文鮮明という現人神も冷戦の最前線である半島の共産主義を駆逐するための駒に過ぎなかったという見方もできるその一方において性病を思わせる文鮮明の聖/性なる浸透力からは政治的な思惑を超えた大きなものの働き戦後の極東の死角という死角からにじみ出る闇の力の存在を感じずにはいられないひとつの帝国が武力によってある地域を飲みこむとき帝国は同時に文化的な侵入を被ることになる文鮮明という負の現人神が大日本帝国の落し子であるのだとしたら戦後に神を見失った不感症の国日本はその落し子の回帰に見舞われ免疫のないものたちが感染してゆくことになるあるいはむしろ病に感染してしまうのはまさに現人神の物語を感知してしまう素地が帝国によって用意されていたからなのだと言ったほうがいいのかもしれない

 負の現人神が吹きこんだのは 恨解きハンプリの物語だった恨の感情を朝鮮特有のものだという見方もあるけれどもそのように考えるのなら物語の感染力や人間が持つ共感の力を見誤ることになるたしかに僕の生みの親をはじめとする物語の感染者たちは戦時中に神の名のもとに犠牲になってきた人々の痛みその恨を感知するだけの機会も想像力もなかったのかもしれないけれども負の現人神がそれをきわめて間接的な形で可能にしたと考えることはできないだろうか物語の呼び声を聴きとるのに想像力は必要ではないただ痛覚 sensibilit é だけがあればいいそして痛覚はきっと生きとし生けるものの持つ力だひとは自分たちの預かりしらない形で恨の物語に染まってしまうそしてそれを自分自身の物語として引き受け恨を解こうとするその点文鮮明の使命は所与の恨を解くというところにあるのではなく第一に恨を感染させるというところにあったのかもしれない文鮮明には聖/性なる力によって数多の人々を惑わす血分けの天賦の才があったようにひとびとに痛み分けをするという魔法の力が備わってもいたのだろうそのためきわめて逆説的かつ皮肉な帰結であると言うほかないけれども統一協会は理想の家庭を築くことを目標にしておきながら第一に恨に満ちた家族を現出させることになるそのような負の現実の存在によってこそ 恨解きハンプリの物語はいっそうの輝きを放つこのことは文鮮明の家庭を筆頭に多くの信者の家庭が崩壊しているということからも裏付けられるこのような不遇はもちろん本人たちが望んできたことを正反対に裏切る形になっているさらに文鮮明は日本の信者に植えつけた恨を韓国ウォンや米国ドルに変換するという錬金術までやってのけるけれども一面においてはこのような怨讐の帰結は戦後という時代にひそむ大きな意志としか言うほかないものが望んできたことなのだとしたらどうだろうそう考えるとただただ苦しくなる

 文鮮明は大日本帝国によって生み出された存在である慰安婦たちの恨を思えばサタン国家である日本の女性は韓国の乞食との祝福を受けてもありがたいと思わなければならないという旨の発言をしたという実際多くの日本の女性信者が職も学も信仰もない韓国の孤児のもとに嫁がされそこで言語を絶する経験をしている統一協会はそのような苦しみこそ六千年の歴史の業が招いたものであり文鮮明への愛によって克服をするためにあるものなのだと吹きこむひとりのひとの尊厳その子どもたちの尊厳をもこのようなかたちで踏みにじることしかできない教団には腹も頭も心も体中のすべてが煮えくり返るような深い怒りと憎しみしか湧いてこないその一方でこのような負の権化のような集団が実際に存在してしまいその物語に引きよせられてしまう人々がいるという時代の重みすでに終わったかのように見えていまだに終わらずにいた戦後の重み神の名によって亡きものにされてきた死者たちの重みを前にしてどんな言葉を紡ぐことができるのか不透明になり体の奥底から震えはじめる自分がいる

 ただただ負の現人神の精力神の子であるこの僕にとっては真の御父様と呼ぶほかないものの精力とその無節操にとまどう。 「復帰という名でなされてきた文鮮明の猥褻行為について朴正華は次のように振りかえっている。 「神様であるはずの文鮮明はおいしい餌を前に舌なめずりをする犬のようになりむさぼるようにセックスをしただけであるただの性欲の固まりだった事実文鮮明は精力絶倫で、 『ひと晩に十回やったこともあるという本妻だった崔先吉の話だからこれは間違いない27ここで列島に目をむければいっときは現人神でもいらした昭和天皇は側室をお持ちにならなかったとされているおそらく平成天皇や今上天皇におかれてもそのようなことはないのだろうこれは近代的な家族と性愛のパラダイムのなかに天皇家も置かれているためだけれどもそれゆえに万世一系と呼ばれる血筋の先行きは暗い人間宣言以降の天皇家の繁殖能力はちょうど現代の日本国を象徴するかたちで圧倒的に低いそれに比べ負の現人神である文鮮明の際限のない性欲とその聖/性なる感染力には性と政治が不離のかたちであった王朝時代を想起させるような懐かしさがある

 文鮮明は 2012 年に 92 歳で大往生を遂げた統一協会はこれからゆっくりとした内部崩壊の道をたどることになるある意味では統一運動は戦後の極東を一過性の悪夢のように悩ませた流行り病にすぎないものだったその病によって産みだされた神の子たちはふたたび神なき時代を生きることになるしかしあれほどまでに卑猥だった真の御父様の血淫乱の血乱れた化け物の血がその体に流れていることを否定することはできない否定すればするほど存在感は強まるかといって素通りすることもできないただむきあうしかないそのとききっと時代との不協和によってその穢れなき神の血に流れる痛みによって自殺に走ったり犯罪に手を染めたりする神の子らがこれからもあらわれてくるに違いないし僕自身もいつかそのうちのひとりに数えられることもあるかもしれないけれどもそのなかで世界はすこしずつ浄められてゆくような気がする死がことばににぎわいを与えことばをゆたかにすることばは血を吸いかがやきと生気にみちて幸わってゆくこの僕の体がやがて確実に滅びるのと同じように世界は少しずつ浄められながら滅んでゆく

 真の御父様がその精力を徐々に失いながら衰弱死をなさったのは残念なことだったできればイエス・キリストのように性の盛りの絶頂で滅ばされればよかったと悔やまれるけれどもこの世界はきっと神の世であることにもましてなにより人の世なのだ中上健次が言っていたようにひとつの果実が徐々に熟しながら腐ってゆくように破滅は微量ずつおとずれるそして血の滴りのひとつひとつに痛みを感じとることができることに神の子と人の子の違いは何ひとつない

注釈

  1. 萩原 1991, p.45
  2. ibid. p.45
  3. ibid. p.54
  4. ibid. p.64
  5. ibid. p.65
  6. ibid. p.69
  7. ibid. p.70
  8. 朴 1993, p.36
  9. ibid.
  10. ibid. p.274
  11. ibid. p.233
  12. 萩原 1991. p.74
  13. ibid. p.84 ; https://archive.org/stream/investigationofk00unit/investigationofk00unit_djvu.txt
  14. ibid. p.87
  15. https://www.tedawakou.com/06
  16. 文藝春秋 , 7 月号 . 1984 ; https:// 六マリアの悲劇 .com/ これが統一教会の秘部だ /
  17. http://truelove.org/csg/Book8/Book8_JP.html
  18. 古田 2011 ; https://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/record/30477/files/rel027004.pdf
  19. ibid.
  20. ibid.
  21. http://jugyo-jh.com/nihonsi/ 日本史 a の史料室 / ライシャワーの対日政策に関する覚書 1942-9/
  22. 佐藤秀明 . 三島由紀夫 . 2020.
  23. 島内景二 . 三島由紀夫 . 2010.
  24. 朴 1993, p.272
  25. ibid.
  26. 文藝春秋 , 7 月号 . 1984 ; https:// 六マリアの悲劇 .com/ これが統一教会の秘部だ /
  27. 朴 1993. p.194

生きたい。博士論文「La socionarratologie systémique de Nakagami Kenji」を書いています。中上健次の考えていたことを「社会物語学」のこころみとして読みなおす、というものです。
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