五作くらいしか読んでいないにわか読者のおれでさえ、 「いつもの面々」 に再会すると笑みがこぼれる。 まともな家庭に育ったひとはきっと実家に帰ったらこんな感じがするのだろう。 蘭と美食を愛するでぶでひきこもりの偏屈な名探偵と、 若くて有能ないけめん助手。 ブロマンスとも読めるしエラリー・クイーン父子みたいにも読める。 多くの作品では女性が異性愛への敵視とセットで語られがちで、 男同士でつるんで遊んでいたほうが百倍いいや、 みたいな子どもじみた憎まれ口をアーチーがしばしば口にするかと思えば、 オールド・ボーイズ・ネットワークを揶揄し、 唾棄するかのような書き方がされていたりもする。 本作はその点、 さらに様子がおかしい。 翻訳が新しいせいもあるかもしれないけれど、 女性たちが主要キャラクターに負けないくらい妙に活き活きと感じられる。 ほんの脇役であってさえも、 ひとりひとりが汗をかき呼吸をしているかのようだ。 ふだん人嫌い女嫌いのネロ・ウルフにしても、 男たちのために下働きをさせられている女たちに明らかに共感を寄せている節がある。 もとより熱血漢のアーチーに至っては、 いささか感情的に突っ走る。 捜査よりも女たちへのもてなしに精魂を傾け、 そして彼女らの人間的魅力を困惑しながらも苦笑いで肯定する。 本作、 アーチーがおばちゃんたちにきゃーきゃーいわれるだけの話といっていい。 それ以外はどうでもいい。 正直あんまりおもしろくない。 いけめん助手の活躍に較べると肝心の親方はどうも精彩を欠く。 ふだんは何も考えていないふりをして弟子のはるか先を行っているのに、 今回は実際にたいして推理もしていない。 いつにも増して怠惰で、 息子に実務を任せて引退した老人みたいな雰囲気だ。 結末の見せ場だけはまだ任せられないとばかり、 ちゃんといいとこ見せてくれるけれど、 全体を通して、 事件にあんまり関心がないかにさえ見える。 本作でいちばん驚かされたのは、 「いつもの面々、 いつもの展開」 を楽しむ口実でしかないはずの殺人が、 ちゃんと血の通った (あるいは血の流れた) ものとして描かれている点だ。 被害者遺族が紙人形でない。 当たり前のようでいてこれは案外むずかしいものだ。 通俗ハードボイルドが茶化されているのにはクスッとさせられた。
ASIN: 4150017670
編集者を殺せ
by: レックス・スタウト
探偵ネロ・ウルフを、事故死した娘は実は殺されたのではないかと考える父親が訪ねてきた。娘は出版社に勤める編集者で、亡くなった晩は原稿の採用を断わったアーチャーなる作家と会う約束をしていたという。ウルフはこのアーチャーという名前に聞き覚えがあった。先日、弁護士事務所で起きた殺人事件にも同じ名が登場したのだ。ウルフに命じられて二つの事件を調べるアーチーの目前でさらなる殺人が!アーチーは一計を案じ、関係者の女性たちにウルフ秘蔵の蘭とディナーを贈るが…美食家探偵が苦虫を噛み潰しつつ、狡知な殺人鬼と対決する。
¥1,540
早川書房 2005年, 新書 238頁
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女性に愛嬌をふりまくアーチー、精彩を欠くウルフ
読んだ人:杜 昌彦
(2023年05月14日)
(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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