D.I.Y.出版日誌

連載第38回: 怪物とどこにもいないひと

アバター画像書いた人: 杜 昌彦
2017.
02.26Sun

怪物とどこにもいないひと

国民的作家の新刊発売イベントが話題になっていました日本人は何かと口実をつけて行列をつくるのが大好きですよね80 年代には子どもの玩具でよく見られた光景ですし90 年代には OS の発売で似たようなお祭りがありましたわたしはその作家のファンではありませんが過去の長編はあらかた読みましたそれでも Kindle で読めないのであればその本はわたしにとってまだ出版されていないも同然です遠くから風に乗って届く祭り囃子のように感じます

刊行が祝祭になる本もあればランキングにもサジェストにも表示されない本もありますそのような本は売れないことによってさらに売れなくなります導線がどこにもない孤立した本ですストア外からの検索流入で買われる割合は低いしストア内検索でも売れたものや売れたものと関連づけられた商品が優先して表示されます現代のアルゴリズムは売れるものと売れないものの差を極限まで最大化します

実店舗では書店員の棚づくりによる偶然の出逢いがありますネット書店で偶然見つけるには偶然へ至る道筋がなければいけません関連づけリンク導線がないものは客にとって不可知になり存在しないも同然になりますひとも商品もおなじですだれともつながりがなければ社会的にいないことになります待つのは孤独死です人間なら異臭や天井の染みが道筋となりますがウェブ上の屍体は永遠に見出されません

むかしは売れないものが存在する余地を、 「売れるものがつくっていましたいわば養っていたのですいまはそんな余裕は出版社にも書店にもありません。 「売れるもの売れるものをもっと売る余地しかつくらない少なくとも現状のランキングや関連づけはそのように設計されています売れればランキングや関連商品に表示され目につきやすくなってさらに売れる売れるから目立ち目立つから売れる売れたから売れるの倍々ゲームでランキングをのぼりつめやがては刊行が祝祭になるほどのモンスターが生まれます

わずかな勝ち組の生む金の卵にありつけなければだれもがみんな干上がって滅びるこれでは経済が破綻します世の中の大半はそれ以外だからですいずれは導線の設計もアルゴリズムも改良されて消費者のさまざまな好みを育てる方向へ進化するのではないでしょうか好みが多様化すれば売れる商品は増えます有機的に自動生成される導線で孤立した好みは網の目のようにつながるでしょうその日が何十年先になるかわかりませんがわたしは楽観しています


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。