深夜プラス1
SKU: B01ENAMQ6I

深夜プラス1

腕利きドライバーのケインが受けた仕事は、ごくシンプルに思えた。相棒となるボディガードとともに、大西洋岸のブルターニュからフランスとスイスを車で縦断し、一人の男を期限までにリヒテンシュタインへ送り届けるだけだ。だがその行く手には、男を追うフランス警察、そして謎の敵が放った名うてのガンマンたちが立ちはだかっていた! 次々と迫る困難を切り抜けて、タイムリミットの零時1分過ぎまでに、目的地へ到達できるのか? 車と銃のプロフェッショナルたちが、意地と矜持を見せつける。冒険小説の名作中の名作が、最新訳で登場!

著者:ギャビン・ライアル

(1932年5月9日 - 2003年1月18日)英国空軍を退役後ジャーナリストとして活動。1961年に『ちがった空』で作家デビュー。1964年および1965年に英国推理作家協会 (CWA) のシルヴァー・ダガー賞を受賞。1966年から翌1967年にはCWAの会長を務めている。2003年死去。

ギャビン・ライアルの本
2018.
03.23Fri

深夜プラス1

読み返すのは四半世紀ぶりだった。旧訳で読んだときは東西冷戦が終わって間もなく、スパイものに将来はないなどといわれていた。いまとなってみれば不安のありようがよりわかりにくく変質しただけだった。たとえば性暴力の捉え方が現代と異なるのに狼狽させられはするけれども、それは単に、暴力が社会においてそのように扱われる現実を主人公たちがわきまえているにすぎない。正しさでは喰えないし弾は避けられない。しかしどこかで正しさのようなものを求めたくもあり、それがなんなのかを彼らは掴めずにいる。

飛行機の話しか書けないと思われるのが癪だったのか、この小説で主人公たちは地べたを移動する。国境が金を生む仕組みについて冒頭で考察される。地図に引かれた線を越えれば無から有が生まれる。天文学者と測量士が引いた線が、人間の権利にまつわる大きな意味を生んだように。そしてピンチョンの凸凹コンビと同様に、この物語でも個性豊かな面々が「敵に襲われて一コマ戻る」「古い恋人と再会して一回休み」「銀のロールス・ロイスで二コマ進む」といった旅を展開する。意外な真犯人がまったく意外でないところが逆に意外、というのは旧訳を読んだときにも思ったが、今回はあまり気にならなかった。そこは重要ではないと理解できたからだ。

アクション小説の古典とされていて、昭和の男たちは非現実的な英雄譚、いわゆる「男のロマン」として読んだと聞く。その読み方は生理的にしっくりこない。派手な撃ち合いとカーチェイス、爆発炎上でストレス解消……といった趣向ではないのだ。ほとんどの場面が移動の描写と会話で構成されている。この静かな会話に緊張感がある。ちょうど『マルタの鷹』のクライマックスが、悪党が集ってただ会話しているだけの場面であるように。むしろ日常の延長にある苦さが正直に書かれていると感じる。ハメットがスト破りや犯罪者について書いたように、物語そのものは創作であっても、生理的な感覚としてはつくりごとではなかったのではないか。

以前読んだときはアル中のガンマンは陳腐な設定に思えた。歳をとってから読み返すと身につまされる。戦争のなかで大人になり、生き方を学び、人生をはじめてしまった人間にとって、戦争は殺されるまで終わらない。あるいは別な生き方を見出すまで、ということになるだろうけれども、母性的な気分になった恋人の助けがあろうが、おせっかいな仕事仲間に指を折られようが、いちど方向づけられた人生を他人が変えることはできない。重要で切実だった時期が無価値だったと認めねばならないからだ。キャントンであることは名誉や自尊心ではない。キャントンでなくなれば自分がだれかわからなくなる、それが怖いのだ。掴もうとしたのは結局そういうものだったかもしれない。

読み終えて、次に読み返したくなったのは最高傑作『もっとも危険なゲーム』ではなく、それまでの自著への悪意すら感じるセルフパロディ『拳銃を持つヴィーナス』だった。読んだのが何しろ大昔なのでおぼろげな記憶だけれども、あの物語でたしか主人公の運び屋は戦争の英雄ですらなかった。そういう意味で『深夜プラス1』よりもさらに英雄譚から遠い、苦い物語だったように思う。持て余しそうな苦さを軽くあしらう、悪趣味寸前のしたたかな態度。そういうものに励まされたくてこの手の小説をおれは読むのかもしれない。


杜 昌彦

(もり まさひこ、1975年6月18日 -)著者、出版者。硬質な文体と独創的な物語で知られる。作風はアヴァン・ポップ、スリップストリーム、スペキュレイティブ・フィクションに分類される。2010年から別名義で活動。2013年日本電子出版協会(JEPA )主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、藤井太洋氏、十市社氏らによる指導を受けた『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。

似ている本