杜 昌彦

ぼっちの帝国

連載第46回: Make You Feel My Love

杜 昌彦書いた人: 杜 昌彦, 投稿日時: 2019.08.20

 青年期から中年期に差しかかろうとする巨漢を見上げて開口一番、坊ちゃんと呼び「大きくなったねぇ」などと評するのは世界広しといえども光丘たえ、ただひとりであろう。
 正確には「まんずはぁやろこよぐおがったごと」と彼女はいったのである。しかし逐一その調子で記述していては何が何やらわからない。時代小説だって当時実際に話されていた通りではなく、現代の読者のために翻案、創作された似非えせ江戸弁で語られるのが相場である。この物語でも便宜上その手法を採用する。大きくなったねぇ、と発言したことにしていただきたい。
 書くことのほかには一切の能力がないかに見える田辺美樹ではあったが、さすがに三十もすぎて生活のあてもなく出奔したりはしなかった。密かに兄と連絡を取り、田辺家が青葉市に所有する物件のひとつに居を定めたのである。別れた妻に悟られぬよう半年前から準備を進めた。HTMLやCSS、アドビやワードプレスを独習し、経営や営業、マーケティングの助言を兄に乞い、私財を投じて骨董品のごときビルをアパートに改築し、祖父の代から建物の管理をしていた光丘たえに住み込んでもらった。
 三叉路の角に建つそのビルには幼少時から思い入れがあった。現代の建築には見られぬ風情があった。現代のソーシャルメディアにも通ずるポピュリズムが国を焦土にしなければ、意匠を凝らしたこのような建物がまだ数多く残っていたかもしれない。いつか住んでみたいと憧れていた。妻と別れて人生をやり直すには最適の場に思えた。
 大きくなったねぇ、は改築したビルの玄関で二十年ぶりに再会した光丘たえが発した台詞である。最後に逢ったときの美樹はすでに大柄な少年に育っていたはずなのだが。彼が作家として成功し結婚に失敗してからも、たえの記憶に残る「坊ちゃん」はいまだ部屋の隅で本を読む小さな幼児のままだった。
 たえが移り住む条件は孫娘の同居だった。娘の再婚相手の連れ子で、娘夫婦が海外に赴任して家を空けているあいだ面倒を見ているという。筋金入りの人嫌いで強面そのものであるにもかかわらず、美樹は子供が嫌いではなかった。田辺直継の子として生まれ育ったからには、社会病質の血を遺すのも子を虐待するのも免れ得なかった。他人の子であればどちらの畏れもない。
 たえが連れてきた女児は五歳にもなるのに親指をくわえていた。もう一方の手で祖母と固く手をつなぎ、彼女の背後に隠れて美樹をじっと見上げた。目つきだけは物怖じする様子がなかった。初対面の男を値踏みするかのように鋭く見つめた。
 嫌いでなくとも扱いには慣れていない。美樹には子供とまともに接した経験がなかった。自分が幼児だったときでさえひとりで過ごした。アニメやゲームについて話す同世代とディケンズについて話す彼とでは会話が噛み合わなかった。
 まして大人になったいまでは話しかける言葉を持たなかった。美樹は無言で屈み、正面から女児と視線を合わせた。女児はぽん、とふやけた親指を口から抜いて手を差し出した。涎まみれの小さな手を美樹は包むように握り、相手が何か立派なことでもしたかのように肯いた。
 握手を拒まれなかったのは幼い光丘あきらにとって衝撃だった。指しゃぶりの自覚はなかった。口中に指が収まっているのはあまりに自然なことであり、そうしている自分に気づきさえしなかった。友好を求めて手を差し伸べるとき、相手が決まって怖じ気をなす理由が涎にあるとは思いもしなかった。
 父は自分ひとりを家に置き去りにして見知らぬ女とどこかへ消えた。だれからも必要とされていない。愛されていないのだと実感した。握手を拒まれるのも当然そのせいだと捉えた。嫌悪されるべき存在だと信じた。目の前の大人にあっさり受け入れられたのは生まれて初めての経験だった。
 あきらはその瞬間から美樹に特別な関心を抱いた。ほかのだれとも異なる特別な男として認識した。それは確かに事実だったのだが、莫大な金を稼ぎ出す作家としてではなく、ひとりの人格として認められるのは美樹にとっても稀だった。彼を同じように認める人物があとふたりいた。美樹は彼らを見くびっていたともいえるし、己を低く見積もりすぎていたともいえる。鬱による視野狭窄だった。
 かくして性別も年齢も見てくれも正反対でありながら、実によく似通ったふたりが出逢ったのである。
 美樹はそれからしばらく兄の口利きで細々とした仕事を紹介してもらい、貯金を食い潰しながら三人で暮らした。意味がとれぬほど訛りのきつい光丘たえと、保育園の愚痴ばかり口にするあきらは、夕食の席でそれぞれ好き勝手に喋った。端から見れば会話が成立していなかった。この光景を美彌子が知ったら立ち直れぬほど深く傷ついたろう。年老いた女児と幼い中年男は一家団欒に似たものを初めて味わった。
 ささやかながら充実した生活だった。しかし美樹はその幸福に溺れはしなかった。異形の記憶力を振り絞って、あの日に視界をよぎった子供たちをひとり残らず思い出し、その後の人生をたどろうとした。探偵を雇い、インターネット検索を駆使して、記憶を検証しつづけた。
 廊下で隣を逃げていた水玉ワンピースの女児は左腿を射貫かれ失血死していた。数メートル背後で机に隠れていた半ズボンの男児は搬送時にはすでに死んでいた。美樹を放置して教室を出たあと両親が最初に撃った少女はいまも病院で機械に繋がれていた。美樹を護ろうとして殺された隣の学級担任には息子がいた。父親の遺志を継いで教師になり、犯罪被害者遺児の支援活動をしていた。
 登校拒否になったり就職に失敗したりして実家に引き籠もった者も、家族がいながら自殺した者もいた。どうしても行方が特定できない者も多かった。どこかで幸せに暮らしていることを美樹は祈った。
 美樹はあの痩せた眼鏡の男児を片時も忘れたことがなかった。たまたま犯人の息子と居合わせたために恐怖を経験し、同じ理由で死なずに済んだ唯一の証人。無事でいてほしかった。もし彼が何事もなかったかのように健康な社会生活を営んでいれば、自分の人生も救われる気がした。逆にもし心的外傷でまともに生きられなくなっていたら、全財産を投げ出してでも何でもしてやるつもりだった。
 あのときは彼の名を知らなかった。いまではほかのすべての子や教師と同様に名前があった。
 神崎陸。
 探偵の報告は無残だった。事件は案の定、彼の人生をずたずたに引き裂いていた。優秀な技術者でありながら、休職の多さや奇行が祟って職を転々としていた。転職のたびに収入が落ち、次の仕事を見つけるまでの期間も長くなった。部下や同僚としての彼をよくいう者はいなかった。まして友人はなかった。家族からも勘当されていた。たったひとりで蔑まれながら生きていた。
 神崎陸が精神の均衡に支障をきたしているのは明らかだった。
 アパートを訪ねたとき、彼は手製の装置での自殺に失敗してもがいていた。救出し、アパートに連れ帰った。見知らぬ他人を前にすると緊張し、恐慌をきたすと彼は美樹に打ち明けた。他人と暮らすのに耐える自信がないと。管理人とその孫娘に挨拶する彼は確かに凍りついた表情だった。しかし互いに打ち解けるのに数日も要さなかった。光丘たえはたとえ異形の妖怪が現れても気さくに歓迎したろうし、あきらはさながら美樹の分身のような子供だった。
 食卓に仲間がひとり増えた。陸は滅多に言葉を発せず、笑い声も立てなかったが広間は不思議と賑わいを増した。美樹は兄に掛け合って陸の仕事を斡旋してもらった。ふたりで助け合って働きはじめた。
 あきらはいつしか指をしゃぶらなくなった。
 高校時代からの友人、マシューこと摩周和己とヤンパチこと河元真琴が唐突に訪ねてきたのはそんなある日だった。不完全だった環が閉じて再びまわりはじめたような感覚を美樹はおぼえた。光丘たえは来客を手料理でもてなした。それまででもっとも賑やかな食卓だった。あきらも、美樹と陸さえもが笑い声をあげた。
 だれかが古い冗談を口にした。美樹が元作家らしくその空想に具体性を付け加えた。実現可能な手段をマシューがいくつか挙げ、技術者としての助言を陸に求めた。陸は過去の事例と最先端の技術を根拠に肯定的な意見を述べた。ヤンパチが資金繰りの可能性を話した。
 愉快そうに耳を傾けていた光丘たえが、是非おやんなさいとそそのかした。全員が噴き出し、大笑いした。たえさん、これは冗談だよと美樹が説明した。そうだったらいいなという夢物語さ。実現できるわけがない。
 あたしはそうは思わないねと光丘たえは断言した。あんたのお祖父様だって先代様だって、夢物語と思われた事業をいくつも成功させてきた。お元気だった頃の宗一様を見せたかったねぇ。凜々しいお顔だったよ。あんたたちはまだ若いんだ、いくらだって可能性はある。やらない理由を考えて尻込みしてる場合じゃないよ。
 もう若くはないよとヤンパチが笑い、おっさんじゃんとあきらが厳しく指摘した。全員が爆笑した。
 おっさんか、と美樹は思った。確かにそうだ。いつかはをつけるべきだとわかっていながら踏み切れずにこの歳になった。
 子供の頃も成人してからもただやり過ごしてきた。美彌子との暮らしは彼女を気の毒な目に遭わせただけだった。歳をとって婚姻が破綻してひとりになり、社会とも距離を置き、生殖に適さぬ年齢に近づいたいま、初めて穏やかな日々を手に入れたような気がする。
 親は選べない。結婚も、美彌子には悪いが成り行きのようなところがあった。この食卓には自分の意思でたどり着いた。全員がそうだ。そのようにして人生を取り戻したのだ。
 ああ。おっさん、悪くないじゃないか。


(もり まさひこ、1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、藤井太洋氏、十市社氏らによる指導を受けた『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『逆さの月』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。最新恋愛小説『ぼっちの帝国』連載中。
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