ロリータ 魅惑者
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ロリータ 魅惑者

読み直すたびに新たな発見がある20世紀文学に聳える最高傑作の完全版。少女への倒錯した愛を描く恋愛小説であり、壮大なロード・ノベルであり、ポストモダン小説の先駆でもある。数々の謎を孕み多様な読み解きを可能とするナボコフの代表作「ロリータ」。ロシア語版との異同の注釈を付したその増補版に、少女愛モチーフの原型となった中編「魅惑者」を併録。ナボコフ・コレクション全5巻完結!


¥5,830
新潮社 2019年, 単行本 556頁
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著者: ウラジーミル・ナボコフ

(1899年4月22日 - 1977年7月2日)帝政ロシアで生まれ、欧州と米国で活動した作家・詩人。米国文学史上では亡命文学の代表格の一人。自作の翻訳も手がけ、大小を問わず改作を多く行ったのみならず、その過程で新たに生まれた作品も存在する。

2020.
04.24Fri

ロリータ 魅惑者

30年ぶりに読み返した。こんな小説だったとは。読めてなかっただろうな、とは思っていたけれど予想以上。同じ本について他人と話が噛み合わないことがよくあるけれど、「読めない」ってこういうことなんだと過去の自分を通じて改めて理解した。ナボコフは変質者の心理を描くのが異常にうまい。ただ真実味があるだけではない。歪んだ認知の一人称で語っていながら、それを通じて読者に、その向こう側にある本来の現実を伝えることのできる文体なのだ。読み返すまでは子どもへの性暴力を正当化する側から書かれたかのように誤解し、「にもかかわらず」傑作であることに居心地の悪さをおぼえていた。実際はそうではなかった。加害者の自己愛や欺瞞、被害者の絶望と無力感、そういったものが冷徹に記述されていた。虫のいい認知の歪みも含めて、何もかも客観的で正確な描写だった。被害者がわずかな自由を舞台上の架空の生に見出そうとして、周囲からも才能を期待されたのに加害者によって無残に踏みにじられ、諦めさせられて、人生に何も期待できないことを思い知らされるくだりは、若い日の経験と重なって他人事とは思えなかった。大人の女性に相手にされない変質者が、その揺り戻しとして、容易に蹂躙することのできる子どもへの執着を募らせる流れが何度もくりかえされる。興味深いのは結末に至るくだりが明確に加害者の妄想として処理されていた点だ。これはロシア語版との比較が注釈として付されていたおかげで愚鈍なわたしにもわかった。日付によって明示されるばかりか念押しのごとく、夢の中、という言葉がくりかえされる(ただしどこで逮捕され「鑑定用の精神病棟」に入れられたのか、どこから幻想なのか明確な境目はわたしにはわからなかった)。結末では加害者が、これは現実にはありえないことだが、被害者の人生を踏みにじった罪の重みを自覚する。そういう意味では勧善懲悪に近いプロットにもなっている、被害者が惨めな人生を惨めなまま終えるのでだれも救われはしないが。『郵便配達は二度ベルを鳴らす』の出版は1934年。数年後の映画化と同時期に、『ロリータ』の原型となった「魅惑者」が書かれている。直接の関係はないにせよ流行としてはそのような時代だった。ナボコフが通俗ノワールのプロットを手管として意識したり、そのような文脈で読まれたりした部分は少なからずあったのではないか。「ある査読者の意見」のいう「短くて強烈に『リアリスティック』な文体」というのはケインのような文体をほのめかしている(そしてナボコフもそのことを理解しおもしろがっている)ように思われた。通俗的なノワールや異常者向けポルノからプロットを借用し、そうしたジャンル小説の「娯楽」性も手管として成立させておきながら、それを用いてこのように豊かな傑作を書いた。小説ではこのようなこともできるのだ、と改めて感心し、昨年の映画『ジョーカー』はやはりナボコフ的な物語だったと思い返した。短編「魅惑者」はそれほど感心しなかった。プロットには起伏がないし技巧もそれほどではない。登場人物も『ロリータ』ほど活き活きしては感じられず、文体にも言葉遊びの渦に引きずり込まれるような魅力はない。習作とまではいわないが将来の跳躍のための技術的な試行錯誤のひとつ、といった印象だった。内容的にはノワールよりホラーに近く、プロットの単純さゆえ醜悪さはより際立って感じられた。異常者の心理を探究するその踏段があったからこそ、執筆の一年前に報じられた醜悪な事件との化学反応で、真の傑作が生まれたのだと思う。自己愛的な変質者によって人生が踏みにじられる寓話をいま読むのは、人権を憎む為政者らによって生命と暮らしが脅かされる昨今、あるいは適切なタイミングだったのかもしれない。


(もり まさひこ、1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、藤井太洋氏、十市社氏らによる指導を受けた『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『ぼっちの帝国』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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