D.I.Y.出版日誌

連載第100回: ある天文学者の恋文

アバター画像書いた人: 杜 昌彦
2017.
12.16Sat

ある天文学者の恋文

着想の元になったであろうアシモフのファウンデーション・シリーズで盛り上がるのは予言がはずれるくだりでそれを映画でやるなら確かにこうなるだろうとは思う若い女優を引き立てるのに同年代の美青年ではなくいわゆる枯専の色男を持ってきたのもわからなくはないしかし恋愛対象とする歳が若いほどその男は幼児的な人格であるのが実情だましてジェレミー・アイアンズ演ずる天文学者は 60 代である子どもや孫のような相手に関係を望む時点で異常人格だし教師と教え子のような力関係が存在するならその望み自体が暴力になり得る

この映画では女の側にもファザコンと自傷の根拠が示されていて結末では次の恋も示唆されるのでおそらくそのあたりを虫のいい免罪符にしようとしたのだろうけれども幻想を恋愛と言い換えて美談に仕立てたいばかりに男の側が自傷の道具にされて苦しむ描写を避け結果として掘り下げにしくじっているおまけに虫のいい死別まで塗り重ねるそもそも新しい恋自体何もかもお見通し人生の先輩である自分がお膳立てしてやったといわんばかりだ歳の差や師弟のような力関係において預言者めいた影響力を及ぼすのは支配欲にほかならず歪んだ性癖と言わざるを得ない

以前この日記でとりあげたマイ・インターンでは弱気になって道を踏み外そうとするアン・ハサウェイを常識人のロバート・デ・ニーロがあくまで友人として年若き上司として遇するこういうのが本当の大人の男なのだ男はいくつになっても子どもというのは美化されて語られがちだけれども異常かつ劣化した遺伝子にいいことはひとつもないWikipedia によればジュゼッペ・トルナトーレは 1956 年生まれナンシー・マイヤーズは 1949 年生まれ若い世代のほうがジェンダー観は向上したはずなのに男性が監督した映画はいまだこのありさまだ

虫のいい幻想のすべてが悪いとは言わないすべてのジェンダーでお互いさまだと思うしかし歳上の男が若い女に何かを託すという妄想をどうせ語るのであれば説教くさい美談に仕立てるのではなく幼稚な自己愛を前提にもっと無責任にやり放題やればいいしやられる若者の側にも負けずに圧倒するしたたかさを発揮させればいいこれも以前とりあげたSCOOP!ではあれだけやられたら若い女の側でも苦笑して受け入れざるを得ないだろうと思わされる魅力があった福山雅治だからと言われたらそれまでだけれどもしかしジェレミー・アイアンズだってジェレミー・アイアンズなのである


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。