逆さの月
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逆さの月

あたし渡辺聡美、十七歳。悪友たちのおかげで今日も二日酔い。携帯電話がまだふたつ折りだった頃。ツインタワーが倒壊する少し前。あたしと幸田と春ちゃんはだれとも違うあたしたちだけの時間を生きていた……。恋を恋と認めない語り手による青春サスペンス。

¥ 360
出版社:人格OverDrive

著者:杜 昌彦

(1975年6月18日 -)硬質な文体と独創的な作風で知られる。2013年日本電子出版協会主催のセミナーで「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、藤井太洋氏、十市社氏らの指導を受けた『悪魔とドライヴ』が話題となる。「人格OverDrive」主宰。

逆さの月

【試し読み】
 携帯がまだふたつ折りだった頃の話だ。生まれる前に噂された世界の終わりは来なかったけれど、ツインタワーはまだあった。津波で原発が吹き飛ぶなんて多くのひとは想像もしていなかった。梅雨が長びいた年で、降りそうで降らない雲が垂れ込めて夏を喰い潰した。これから話す物語はいまの若い子にはちょっと信じられないかもしれない。当事者のあたしたちにだって意味不明だったし、これまでだれに話しても信じてもらえたためしがない。どういうわけかその年、十七歳前後の凶悪犯が世間を騒がせる事件がつづいて、ただその歳だというだけで肩身の狭い思いをしなければならなくなった。テレビも新聞も連日のように十七歳を犯罪予備軍として報じた。若者向けのドラマでさえ視聴者である十七歳を悪者扱いした。聖書の時間には「同級生が事件を起こしたら」という題の作文を書かされたし、バスや電車では大人たちにおかしな目で見られた。実際には彼らが子どもだった頃のほうが少年犯罪は多くて残酷だったにもかかわらずだ。
 あなたのきょうがあたしのきのうと違うように、だれにだってそれぞれの十七歳がある。マスコミがどう語ろうと十七歳のあたしはトーストを咥えて遅刻、遅刻と叫びながら朝の通学路を走ったりはしなかった。ものを咥えて叫ぶ芸当が物理的に不可能であったばかりか、ひどい二日酔いで頭痛がしていたからだ。それに幸田の部屋に食料は乾き物しかなかった。角でぶつかった男にしてもある意味、運命の相手とも言えたけれども王子様などでは決してなかった。後でがっかりさせないよう断っておくとこれは恋愛物語なんかじゃない。しいていえば家族再生の物語だ。アル中の女の子がまず友だちを、最後にはまともな家族を得るお伽噺だ。現実の結末にはつづきがあって、義理の両親に子どもが生まれて居づらくなり結局は家を出るはめになったり、鬱病になった友だちを養わなきゃいけなくなったりするのだけれど、それはまた別の話だ。とにかくそれは平日の朝であたしは十七歳で二日酔いで、そして遅刻が迫っていた。
 いくら夜の仕事をしていても分別のある大人なら仕事前にあんなに飲んだりはしない。そういう同僚は大抵すぐに無断欠勤が増えて姿を消す。彼女たちがどこへ行くのかは知らない。十七歳のあたしたちに分別はなかった。脱衣所すらない六畳一間のアパートで、男たちの屍体をまたいで服を脱いだあたしは、浴室の扉を開けながら振り返った。カーテンから洩れる朝日で部屋の惨状が見てとれた。積み重ねて崩れたCDやら文庫本やらエロ本やら、中身のこぼれた空き缶やら空き瓶やら、汚れた靴下やら使い込まれた辞書やらで足の踏み場もない。春ちゃんの掃除スキルをもってしても一週間でこのありさまだ。
 大の字になって鼾をかいている男が幸田滋。交通事故で若死にした役者の愛用で知られるデニム上下にマイブラ『ラヴレス』の黒Tシャツ。ジョニー・ロットン風の逆立った短髪は、二十年後にジョン・ライドンみたいな愉快なおじさんになることこそなかったけれども、グレッチのギターを抱えた当時の写真を見たら、だれだってはぁん、そういう子ね、同じクラスにいたわそういう子、とわけ知り顔で肯くだろう。ちょっと違うのはこいつの場合それで実際に喰べていたことだ、稼ぎの大半は酒に消えていたのではと思うけれど。仕事道具も親におねだりしたのではなくちゃんと働いて手に入れたらしい。学習机の写真立てには坊主頭の小学生が父親に寄り添って笑っていた。あのかわいい子がこんなだらしない男に育つなんてとよく思ったものだ。
 色黒の幸田とは対照的に、色白で痩せているのにぽちゃぽちゃして見える小柄な子が鈴木春雄。猫みたいに丸まって、真っ赤になって寝息をたてている。幸田とは逆の理由でとても高校生には見えない。日曜のマイホームパパみたいなポロシャツとチノパンはお母さんがダイエーで買ってきたものだ。そのダイエーもイオンになったいまではあんな服はもう手に入らない。昭和三十年代のお坊ちゃんみたいな髪型は、当時ですらどこの床屋のしわざか知りたくなった。お母さんではなく当時増えはじめていた千円カットだと聞かされて拍子抜けしたのを憶えている。こんな子がどうして幸田みたいな悪童とつるむようになったのか。後から加わったあたしが妬ましくなるくらいふたりは仲がよかった。
 熱い湯に打たれながら、というのは二日酔いを追い払うためばかりではなく、ガス釜が古すぎて湯温がうまく調整できなかったからだけれど、あたしは昨夜のラジオをぼんやり思い返していた。スポティファイどころかユーチューブすら存在しない時代で、なんならハードディスク内蔵型のごついiPodさえ発売前だったから、幸田は古いラジカセを使っていた。カセットテープが再生できるやつだ。小洒落た店に置いてある気取った骨董品ではなく当時はまだそれがぎりぎり現役だった。いまみたいに新譜がテープでも発売されるなんてことは記憶のかぎりではなかったはず。幸田はそれでCDを聴いたり、ラジオや自作のデモ曲を録音していたのだと思う。思う、というのは毎晩のように飲んでいながらのちに一緒に暮らすようになるまで彼のことをよく知らなかったからだ。
 酒のにおいを泡とともに洗い流しながら思い返していたのは、男たちが潰れたあとに流れた放送終了まぎわのニュースだった。同世代なら憶えているかもしれないけれど、混雑した駅で中高年や老人が、駅員や若者に暴力をふるうのをその頃しばしば目にした。大人たちはその逆のニュースを期待したから報じられるのは稀だった。駅では自殺もあったし、混雑に白線から押し出されての転落もあった。JRや市営地下鉄がゲートを設置するのは数年後だ。犠牲者のほとんどは若者だった。大人たちはバブルの夢を忘れきれなくて、広がる格差を長びく不況のせいに、長びく不況を若者の怠惰のせいにしていた。ふだんは聞き流すニュースを反芻したのは、同級生が目撃した転落事故だったからだ。
 いまでこそ同僚の自殺騒ぎとか、男に暴力をふるわれて欠勤とかいった話にいちいち驚かなくなったけれど、死、それも事故死や殺人ということは当時それほど身近に感じていなかった。被害者は市内の工業高校の男子生徒で同い年だった。ユカからはそこまで聞いていなかった。二十分遅刻しただけで平然としていた彼女もタフだし、あたしもたいがい非常識だったけれど、ひとが目の前で死ぬのを見て、飛んできたものが当たったりかかったりしかねなかった女の子に、あれこれ問い詰めて思い出させるほどあたしは無神経ではなかった。
 かといって、それがどれほどつらいか思いやれるほど大人だったかどうかは怪しい。あたしは他人に関心がなかった。関わりに価値を見出すほど成長していなかったのだ。ユカは学校で唯一あたしに口をきいてくれる変人で、親友とさえ呼べたはずなのに、その彼女に対してさえもそうだった。あれだけ一緒にいながら幸田や春ちゃんのことを何ひとつ知らなかったのも同じだ。社会生活はどちらかといえば煩わしい義務のように感じていた。自分自身のことさえどうでもよかった。一度しかない青春のひとときを悔いのないように生きようなんて考えたことはなかった。勉強は規則のようなものだと思っていたから落第しない程度にやっていたし、進学校ゆえ強制されないのをいいことに部活には所属しなかった。汗や挑戦に価値を見出す同級生たちを、大人に強制されたことをなんの疑いもなく受け入れているだけだと思って眺めていた。春ちゃんが何を信じていたかは知らないけれど、少なくとも幸田はそうした価値を信じていて、事件に奪われるまでは一歩ずつ着実に夢を叶えていた。その純粋さを幼く感じるほどあたしは幼かったということだ。
 あたしは小学校の同級生男子からラーメン頭と呼ばれたほどの縮毛だった。念入りにヘアアイロンを当てなければ教師に目をつけられるのはわかっていたけれど、ふたりと知り合ってから毎朝のように遅刻寸前で、ドライヤーさえ碌に使っていなかった。タオルを巻きつけて浴室を出ると男たちがまだ死んでいるのを確かめた。幸田の鼾にも春ちゃんの寝息にも変化はない。その朝にかぎって妙な感じ方をしたのを憶えている。ふたりとも自分が産んだ子どもであるかのように幼く傷つきやすい生き物に見えたのだ。彼らが市内有数の進学校の生徒であることは何かのまちがいのように感じていた。彼らが遅刻しようが単位を落とそうが自業自得だ、知ったことではない。下着と制服を身につけて靴下を穿き、通学鞄をつかんで部屋を出た。コンビニのビニール傘は玄関に立てかけたままにして赤く錆びた階段を駆け下りた。
 三人で飲むことこそなくなったもののあたしたちはそのままだめな大人になった。ニュースや新聞に出た顔を卒業アルバムと見較べたら春ちゃんだけは激変したと思うかもしれない。でも二十年後の彼はすでに種子として宿っていて外へ出る機会を狙っていただけなのだ。お母さんや妹を大切にする小柄で弱くて優しい子、という先入観から見過ごしていただけで、いま思えば前兆らしき瞬間がいくらでもあった。あたしと幸田のその後にしてもこの朝すでに暗示されていたように思う。ひとが遺伝や環境にどれだけ抗えるか怪しいものだ。
 胃のむかつきをこらえながら満員の地下鉄から吐き出され、押し流されるように地上へ出て並木道を駆けだした。鉛の詰まったような頭に振動が響く。快晴なら陽射しで吐いていたかもしれない。水たまりを避けて走った。ストラップ代わりの鎖がついた携帯の時刻表示を睨みながら文具屋の前を過ぎる。この店の主人は変わり者で有名だった。意味があるようでない標語をへたくそな筆書きで毎日ショーウィンドウに貼り出していた。引退したときには地方紙に記事が出た。息子夫婦があとを継いだはずだけれども気づいたら店はなくなっていた。画材屋と楽器屋の角で起きたことを思えばその朝の標語は気に留めるべきだった。「注意一秒、怪我一生」と大書されていたのだ。大人になって走る機会がなくなったのでいまがどうかは知らないけれど、体育の時間にユカから指摘されたところによれば、当時のあたしの走り方は異様だったようだ。
 弾丸のように突進してきた、とのちに義父は述懐した。
 知らなかっただけであたしと彼との関係はその朝より前にはじまっていた。十字路での交錯が互いの人生を変えたなどと語ることはできない。それでも印象的な初対面であったのは確かだ。排ガスと雨上がりの埃っぽい臭いや曖昧な色の空、通り過ぎるバスの音、間の抜けた悲鳴をいまもまざまざと思い出す。十七歳のあたしは二日酔いの朝であってさえもどこまででも走れた。紙束を載せた棚のようなものを突き飛ばしたのだとそのときは思った。巨大な花びらのように舞い散る書類のなかを駆け抜けた。何か別世界へ抜けるトンネルのように感じた。水たまりに尻餅をつく男が視界の隅をよぎり、靴が何かを踏み割った。メガネのレンズだったことは後で知った。あれだけ背の高い男がどれだけ痩せていたのかといまだに奇妙に思う。立ち止まったり振り返ったりする余裕はなかった。狭い敷地に詰め込まれた煉瓦色の建物に向かって疾走した。

【著者から】
ひとことで説明すると語り手である主人公が「これは恋愛小説ではない」と言い張る恋愛小説です。これが恋愛じゃなかったら何が恋愛なんだよというね。ちゃんと書いたのでがんばって売ろうとはりきったのですが例によって空振りでした。男性作家が書く女性像に「娼婦」「聖女」「太母」の三パターンしかないのはそのように書かないと最低限の共感が得られない、つまり売れないからです。女性だって差別意識が内在化されているので結局はそういう描き方を受け入れてしまう。世間がよしとするものからはずれたものしか書けないのですが、かといってはずれた人間のために書いているし自分自身がはずれた人間なのでどうにもならない。おまけに表紙を自分で描きましたからねぇ。この絵のせいで客を遠ざけたのかもしれない。Oddisee「You Grew Up」に触発されて書きました。いい曲なんでこの本が気に入ったら聴いてみてください。SpotifyにありますしYouTubeでPVも観られます。歌詞についてはこちら。

差別問題やテロリズムにたいして独自の目線で語るOddiseeの「You Grew Up」のメッセージは必見


杜 昌彦

(もり まさひこ、1975年6月18日 -)著者、出版者。硬質な文体と独創的な物語で知られる。作風はアヴァン・ポップ、スリップストリーム、スペキュレイティブ・フィクションに分類される。2010年から別名義で活動。2013年日本電子出版協会(JEPA )主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、藤井太洋氏、十市社氏らによる指導を受けた『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。

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