世間知らず
ISBN: 9784103318125

世間知らず

米軍占領下の東京のふしぎな明るさ―。時代をこえて変らぬ青春の熱さと苦さ。米軍占領下の東京、青春の光と影が交錯する長編恋愛小説。

新潮社(単行本: 1988-05)
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著者:小林信彦

(1932年12月12日 - )「ヒッチコック・マガジン」創刊から編集長を務めた後、作家として独立。主な作品に、『唐獅子株式会社』『ちはやふる奥の細道』『夢の砦』『東京少年』『うらなり』(菊池寛賞)『日本橋バビロン』など。『日本の喜劇人』(芸術選奨新人賞)『天才伝説 横山やすし』『テレビの黄金時代』『おかしな男 渥美清』ほか、大衆文化に関するエッセイ、コラムも多数。

小林信彦の本
2019.
02.14Thu

世間知らず

中学のとき担任の音楽教師に借りた本を読み返した。『アルジャーノンに花束を』『残像に口紅を』と一緒に借りたこの本が当時はまだ新刊だったのだ。もちろん三十年も借りっぱなしだったのではない。今回は日焼けして埃臭いやつを近所の図書館で書庫から出してもらった。こんな名作が絶版でKindle化すらされていない。英語で書かれていれば世界中で長く読み継がれていたろうに。調べたかぎりではいちど新潮文庫からひどい改題をされて出たことがあるようだ。世間知らずという言葉が死語になったからと著者は説明しているそうだがおそらく最低限の日本語さえ知らない編集者に強いられたのだろう。文庫版は書影もすぐに古びる種類のイラストだった。ハードカバー版の装幀は平野甲賀で個人的にそれほど好きではないが古びることはない。日本の出版の全盛期は九十年代半ばだそうで、それよりすこし前のこの時代にはこのように優れた小説が当たり前のように出版されていたのだ。刹那的に消費するために印象に残らないものをよしとする時代には見合わないかもしれないがこの小説はこの題名でなければ成立しない。世間から微妙に逸脱したもの同士がたがいにもうすこし世間を知ってさえいたなら支え合えたのにそうならずにすれ違う話だからだ。印象的な名場面がいくつもあって、そのうちヒロインがもらい煙草をする場面はこの三十年間ずっと記憶に残っていた。主人公が思う以上にきっとふたりは似ていたのだ。たがいを求める強引さがあったなら彼らは違う人生を歩んでいたろうし、すくなくとも主人公は作家ではなかった。いやこの物語において彼は(明記されたかぎりにおいては)場末の放送作家であって小説家にはなれなかったとされているのだけれども、人間の種類としては作家以外の何ものでもないと思う。青春コンゲーム風の趣からはじまり、「負け取った」民主主義が暴力の揺り戻しに覆される過程を交えながら(米国人と結婚して戦中に国粋主義者となった教師が文部省に入るくだりが象徴的)、切なくも致命的なすれ違いののちは突如として歴史的な視点の語りが挿入され(一見して技法的にこなれていないかのようだがそれゆえに妙な説得力を感じさせるこのあたりは『アドルフに告ぐ』を連想させる)、ほろ苦い大人の回想で終わる。アーヴィングは周縁から視るということを書いていて、彼によればその場の中心に立たないからこそ語れることがあるという。二十年後の約束を果たせずに死ぬ友人は、自分もまたいずれ病による死で人生から疎外されることになるがゆえに主人公の資質に気づく。どうもおれは子どもの頃から作家について書かれた小説に変に共感する癖があって、作家や活版印刷工の守護聖人を主人公の名にした『銀河鉄道の夜』も、あのどこまでも独りで「本当の世界の火やはげしい波の中を大股にまっすぐ歩いて行かなければいけない」呪いのような切符があるからこそ自分にとって重要な小説になったのだし、当時大人気だった児童文学シリーズの一冊『ズッコケ文化祭事件』にしても、ボロ泣きしたのは地方文学賞をひとつ獲っただけの作家と、現場主義の宅和先生とがたがいの教育観をめぐり、酒を呑んで口論する場面だった(ぐぐったかぎりでは『世間知らず』と同年の出版ということになっているが中学に上がってから児童書を読んだ記憶はないのでそんなはずはない。ソフトカバーで再刊されたときの発行年ではないか)。単に効率のいい商売として映画監督を志す級友や、一種のファッションとして作家志望を自称する級友に、『世間知らず』の主人公は強い違和感を憶えながらもじゃあ自分はなんなんだとクヨクヨ悩む。自己同一性という点では作家以外の何者でもないのを強く自覚しながら社会的には作家どころか何者でもないこともまた強く自覚する、ということもまた中心でない場所に立つ、周縁から視るということのひとつのあり方のように感じる。徹頭徹尾すれ違いの他者でしかなかった少女をめぐる記憶にロマンチックな意味を付与するのも、現実主義の女優による冷水を浴びせるような台詞(この物語に現実味を与える重石となっている)を意識に留めるのも主人公が作家だからだ。情欲の赴くままに愛し合っていたら、成人してから積極的にたがいを求めていたら、それぞれの結婚が失敗してからの再会ですべてをやり直せていたら、おそらく現実の生々しい無残さに想い出は色褪せていたろう。記憶は見出された意味で結末が決まる。そういう意味でこの物語は確かにハッピーエンドなのだ。


(もり まさひこ、1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、藤井太洋氏、十市社氏らによる指導を受けた『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『逆さの月』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。最新恋愛小説『ぼっちの帝国』連載中。
ぼっちの帝国

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