ここで取りあげるド・マンの論文 「美的形式化──クライストの 「人形芝居について」」 は、 クライストが残した、 短編小説のようでも自伝的エッセイのようでもある奇妙なテクストについて書かれている。 一八〇一年の冬に偶然、 名高い舞踏家 C 氏に会い言葉を交わしたと語る 「私」 が、 果たして仮構された語り手なのか、 クライストその人なのかは定かではない。 以下で用いる種村季弘訳 『チリの地震 クライスト短編集』 はこれをフィクションと見なしているようだが、 英訳 Selected Writings の訳者・編者デヴィッド・コンスタンティンはこれを essay に分類している。 この分類上の乱れは、 ド・マンが取りあげることになる不分明さの帰結でもある。 すなわち、 ある断片的な言葉を、 それを発した者の実存を反映したものとして解読することの当否や可能性に関する揺らぎである。 「人形芝居について」 は、 他者にどう見られているのかという自意識のために人は所作事の自然な美しさを失うのであり、 生命のない人形の舞踏こそが美しい、 という C 氏の逆説的な主張の正しさを 「私」 が納得するまでの過程を描いている。 それはどことなく数学の証明のようでもあり、 純粋に論理的な証明とは違う、 知的権威を背景にした教育のようでもある。 そしてそれ故に、 このテクストをどのように読むのであれその読解の内容は、 その読解の正しさを他者に対しどのように示すかという形式に関する問いを暗に提起することになり、 デリダやド・マンにとって実に興味深いものとなる。
しかし、 私たちはここでド・マンの議論を丁寧にたどりなおすことはしない。 紙幅の余裕がないからでもあり、 いわゆる 「先行研究」 がすでにその作業を行っている1からでもあるが、 本質的な理由は別にある。 つまり、 ド・マンの教えの正しさを真正面から検証するためには、 むしろ底意地の悪い査読者のようにド・マンを読み、 彼のテクストのあちらこちらを寸断して、 それぞれの断片に注視せねばならないからだ。 そのような読解を不当だと退けることはできない。 ド・マンのクライスト論が最終的に提示するのは、 「文字の力によって、 言語の分裂 (dismemberment of language) と舞踏の典雅さとを混同する」 2ことの必然性である。 この結論は、 論理的に展開され不可逆的な順序に従っているかに見える論述ですら、 実は至るところで寸断されうるし、 潜在的には常に寸断されているということを含意する。 これこそ、 脱構築がもたらす洞察のうちで最も危険なものである。 だからこそド・マンは論文の最後の段落で初めてこの洞察を書きつけている。 その洞察の正しさを確信してしまえば、 それ以降何を書こうとも、 波打ち際の砂に指先を走らせるように、 ひとつの言葉がそれ以外の言葉とつながり文脈を形成する以前にかき消され、 およそ言葉と言葉をつなぎ合わせる文脈を書き手自身が意識できなくなる。 個別性と一般性、 部分と全体とのあいだの媒介が不可能であることの認識は、 その認識を示すテクスト自体にも影響を及ぼす。 このクライスト論を以って終わる 『ロマン主義のレトリック』 の序文でド・マン自身言うように、 ある種の書き手たちが好んで断片的な、 断章の併置というスタイルを採用するのも、 言わんとする内容とそれを言うための形式とのあいだの不一致をそれなりに補償するためであり、 「おそらく、 絶えず無に帰することによる苦渋に比べれば安い代価」 3だろう。
こうしたことを自覚しつつ、 それでもこのド・マンによるクライスト論をここで取りあげるのは、 いかにも怪しげでいかがわしい箇所というか、 端的に間違いを含むためである。 この間違いは、 デリダのルソー論に関して指摘した、 作業仮説としての間違った前提とはまるで別物である。 虚構のようにも自伝のようにも読める 「人形芝居について」 に対して、 ド・マンはいくつかの読み方を試しては放棄する。 その際に仄めかされるド・マンの読解は、 説得力があると同時に信じがたい。 テクストにクライストの秘めた思いのようなものを読むべきでないと主張しつつ、 悪い冗談に耽るかのようにド・マンは続ける。 カフカ (Kafka) やキルケゴール (Kierkegaard) のように婚約を解消したクライスト (Kleist) に何があったのか。 一八〇一年という妙に具体的な年号は、 後続する事柄に照らして何ら必然的ではないが、 それは作者クライストの人生において、 確かに不吉な年だった。 カント (Kant) 哲学に衝撃を受け、 芸術的・学問的な理想と私生活での幸福のうち、 前者のため後者を犠牲にせねばならないのかとこの年に悩み始めたクライストは、 言わばカントの後継者になるべく婚約を解消する。 ところが後に、 そんなクライストに代わり文字通りカントの後任となった教授クルーグ (Krug) が、 クライストが結婚を諦めたまさにその女性の夫となり、 その時期に書かれた戯曲は 「こわれがめ (Der zerbrochene Krug)」 と題された。 「K という文字がきわめて多く出てくる (カント、 クライスト、 クルーグ、 キルケゴール、 カフカ、 K など) 話は、 どのように解釈しようともいかがわしい話にならざるをえない」 4。 なぜその教授の固有名がクルーグでなければならず、 なぜその戯曲ではかめ (Krug) が壊されねばならなかったのか。 それは本当に偶然なのか? このいかがわしさに、 私たちの読解は介入する。
K が氾濫する物語に言及するにあたり、 ド・マンはクライストを誤訳している。 そしてこの誤訳はあからさまで、 ド・マンのこの論文を読む者がそれに気づかないのは、 彼らがクライストなど読みもしないからだろう5。 ①種村季弘による邦訳、 ②クライストによる独語原文、 ③ド・マンによる英訳を以下に併置する。
- ① 「この話、 ほんとうと思われますか?」
「思いますとも!」、 パチパチ手を叩きながら私は叫んだ、 「知らない人から聞いたとしても信じます、 ましてあなたから聞く話ですもの!」
- ② “Glauben Sie diese Geschichte?”
“Vollkommen!” rief ich, mit freudigem Beifall; “jedwedem Fremden, so wahrscheinlich ist sie: um wie viel mehr Ihnen!”
- ③ “Do you believe this story?”
“Absolutely, replies K, with enthusiastic approval. Even coming from a stranger, so plausible it is: and how much more coming from you!” 6
引用箇所以外でも、 対話する二人の登場人が C と K であるかの如くド・マンは何度も K と書くが、 舞踏家 C と語り合うのはあくまでも匿名の 「私」 である。 ましてド・マンは 「人形芝居について」 は三分割できて、 「物語 〈一〉 と 〈三〉 は 〈彼〉 が、 物語 〈二〉 は 〈私〉 が話す」 7と正確に要約してもいるので、 語り手 「私 (ich / I)」 が、 ド・マンによる一種の間接話法では三人称 「彼 (er / he)」 ですらなく何故 K なのかは説明できない。 説明できるとすれば、 クライストに加えてカフカにキルケゴールに、 と頭文字 K の人物ばかりが出てくる不気味な話を導入して、 二重の意味でクライストを打ちのめしたどこかの大学教授クルーグでオチをつけるに当たり、 どうしても 「人形芝居について」 のテクストの中に K という人物が必要だったからということになる。 もちろん、 頭文字が同じであることなど、 カフカやキルケゴールやクライストのあいだの共通点として最も無意味なもののうちのひとつだろう。 しかし、 憧れる有名人と同じ誕生日であることをそれなりに喜ばしく思ったりするように、 偶然による戯れは決して無意味ではない。 意味を生ぜしめるものが、 その根源においてまったく無意味な文字や数字の戯れでしかないことを示すのがド・マンの目的なのだが、 この小説をクライストの自伝として読んでも無駄だと言い、 別の水準の結論に至るド・マンが、 結論の正当化のため具体例を捏造したのだとすると、 その結論を疑ってみる必要もあるだろう。 翻訳者の奇妙な間違いを足がかりとした議論はド・マン自身行っていて8、 彼の死後デリダが、 ド・マンは若き日の許しがたい過ちを深く悔いていたのではと仄めかす時の間接証拠も、 ド・マンによる誤訳だった9。 なぜ K かという追求も、 ド・マン的読みの再試行として許されるだろう。
一九七五-七六年にイェール大で日本文学を教えていた際にド・マンとも親交を結んだ柄谷行人 (Kojin Karatani) は、 死後発掘されたド・マンの反ユダヤ主義的な記事によるスキャンダルについて、 自分はド・マンを夏目漱石 『こゝろ』 (英訳タイトル Kokoro) の 「先生」 のように感じていたと幾度か述べた10。 「先生」 が誰にも語らず考え続けた存在の頭文字は、 『こゝろ』 の断片、 「先生」 の手紙を教科書で読んだことしかない者でも知っているし、 ド・マンの学識を考えれば彼が漱石を読むはずがないとは言い難いが、 しかし仮に未読だとしたら尚更、 「運命」 の一語が浮かび、 「どのように解釈しようともいかがわしい話にならざるをえない」。 これは、 文字の力による分裂や断片化が、 それでもなおある種の意味を持たざるをえないという洞察のための新たな 「例証」 だが、 この例証自体が断片なので、 これを結論だと思うことこそ、 不可避の罠である11。 「この話、 ほんとうと思われますか?」 ド・マンをド・マンに従って読み、 読み方を学ぶことは、 「読みえない」 という否定的洞察すら学的認識とは言い難いものに断片化する事態を招く。 何もかも思いこみに見えるという結論を、 思いこみを排して示すことは可能だろうか? 自分の思いこみを読みこんだり書いたりしてはいけないと諭す大学教員や、 いつか同じ言葉を繰り返したいと願う学生たちにとって、 ド・マンの教えは危険すぎる。 (つづく)
注釈
- 竹峰義和 「熊の教え──ポール・ド・マンのクライスト読解をめぐって──」 (『思想』 第 1071 号, 岩波書店, 2013 年), 150-67 頁。
- ド・マン, RR, 372-73 頁。
- ド・マン, RR, 4 頁。
- ド・マン, RR, 366 頁。
- 嫌味の漂う実に彼らしい風情で蓮実重彦は、 自身の 『ゴダール マネ フーコー 思考と感性とをめぐる断片的な考察』 のあとがきでこう書いている。 「いかなる 『ゴダール マネ フーコー』 もいかなる 『ストローブ=ユイレ セザンヌ マラルメ』 もこれ以前に書かれなかったのは、 誰もがマネやセザンヌを知っているこの時代に、 ゴダールを見る者はフーコーを読まず、 フーコーを読む者はゴダールを見ず、 ストローブ=ユイレを見る者はマラルメを読まず、 マラルメを読む者はストローブ=ユイレを見ないからなのだろうか。」 (同書 265 頁)
- ①ハインリヒ・フォン・クライスト 『チリの地震 クライスト短編集』 (種村季弘訳、 河出文庫, 2011: 217-31)
② Heinrich von Kleist, “Uber das Marionettentheater,” Erz ä hlungen; Anekdoten; Gedichte; Schriften. 1. Aufl. (Frankfurt am Main: Deutscher Klassiker Verlag, 1990: 563)
③ Paul de Man, Rhetoric of Romanticism. (Columbia UP, New York; 1984: 275)
- ド・マン, RR, 347 頁。
- ド・マン, RT, 162-72 頁。
- デリダ 『パピエ・マシン 物質と記憶』, 210-15 頁。
- たとえば 『闘争のエチカ』 (蓮實重彦・柄谷行人, 河出文庫, 1994), 202-14 頁。
- キーツに関して同様に、 結論自体の無限退行ないし理論的抽象性の不可能性に触れた箇所も参照。 (ド・マン, RT, 47-49 頁)