うへ

大人って歯も上手く磨けない

連載第3回: ほんとうは、ほんとうがほんとうにほんとうなのかわからない

うへ書いた人: うへ, 投稿日時: 2020.06.12

 正しさってなんだろう。悪が生まれたから正義が生まれたのだろうか。よくわからない。白ゴマは、もともと「ゴマ」で、黒いゴマがあとから見つかったから、「白ゴマ」と名付けられたのだろうか。よくわからない。
 ルーツをたどるというのは、とても骨の折れる作業だ。一瞬の見た目だけで判断の付くものではないし、それを調べる労力も時間も、我々現代人にとっては無駄が多すぎる。なにより金にならない。
 金にならないことは、必然的に優先度が下がる。そして、その時間と労力を割いたからといって、必ずしもビジネスのように、分かり易い対価としての見返りがあるわけでもない。むしろ、無駄骨を折ることのほうが多いだろう。
 それに、それらに詳しくなるということは、現代社会を生きる自分たちの生活や享受しているものへのジレンマを抱えることに外ならず、生きることに対しての後ろめたさや精神的苦痛を味わうことになる。そんなのは、誰だっていやだろう。できることなら無視していたい、無視したまま死んでいったほうがハッピーな人生をまっとうできたと微笑みながら死ねるだろう。

 大きな視点に立って物事を見るなら、マジョリティーを責めるつもりはない。こうした類の話はきっとどの時代にもあって、つねにマジョリティーとマイノリティーが存在してきたのだろうし、きっとこれからもそうなのだろう。それが人類の宿命。

 そうやって自分を騙して生きている。

 私が納得のいく方法で、かつなるべく長くこの命を使える場所があるなら、そこに身を捧げてもいいかなあという、まことに軽薄な考えが最近浮かんでは沈み、浮かんでは沈みしている。
 金よりも生きがいがほしい。それは高邁なる精神でもなんでもない。単なる己のエゴだ。温室育ちのこの私を、どうせなら自己満でも誰かの役に立つ場所で行使したい。その場所がどこなのか、さっぱり見当もつかないけれど。


趣味でしかものを書いたことのない、名無しの素人エッセイスト(自称)。 この度、どういうわけか当サイト「人格OverDrive」の主宰者である杜 昌彦氏に「掲載してみませんか」とお誘いいただき、こちらに寄稿することに。 29年間、苦しそうなこと、辛そうなことから逃亡している人生。フリーター。 寄稿するジャンルは妄想エッセイ。虚実交えた物語を書いていきたいと思います。
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