杜 昌彦

ぼっちの帝国

連載第32回: Helter Skelter

杜 昌彦書いた人: 杜 昌彦, 投稿日時: 2019.06.25

 公開の瞬間からアクセスが爆発的に生じた。負荷に耐えきれずサーバが落ちるまで二十分とかからなかった。美樹と陸がサーバ室で格闘し、どうにか復旧したのが三十分後。それからも接続しにくい状態が翌日までつづいた。見られなくなるほど混雑するとますます見たくなる。一足先に利用できた者は自慢をはじめる。品薄や行列が客を呼ぶ理屈で閲覧しにくいことが逆に人気を高めた。
 キャッシュする外部サーバを増やして配信経路を最適化し、青葉駅裏の中古屋を巡って格安メモリをかき集め、設備を増強してどうにか安定したのは数日後だった。ヤンパチもマシューも商機を逃したものと決め込んで落胆した。美樹だけが平然としていた。『ぼっちの帝国』の魅力は使い込むほどにわかる。スタートダッシュだけで評価は決まらない。いずれ客は戻ってくると彼は仲間を励ました。
 その予測どおり客足はすぐに復活した。投稿とその共有は相互作用によって急増し、ほかのさまざまなメディアを巻き込んで爆発的に膨れあがった。外部からの受注を減らして『ぼっちの帝国』一本に注力しても広告収入だけで採算がとれる見込みが立った。事業がようやく軌道に乗ったのだ。
 経営者が元ベストセラー作家である事実も話題を呼んだ。当初は別人だとして否定していた美樹も、既成事実のように報じられては認めざるを得なくなった。
 ボッチーズはたびたび雑誌や放送局のインタビューを受けた。ヤンパチは仕事を獲りに出向くのではなく売り込まれるようになった。広間には連日のようにマスコミや業者が出入りした。個人情報を扱う都合で、訪問者にはゲストカードを首から提げさせ、広間とトイレ以外は札を立てて立入禁止とした。広間は食堂としては使われなくなった。玄関の扉はIDカードをかざして解錠するように改造された。
 明日香には迷惑な話だった。建物への出入りが厄介になった。
 玄関から広間へかけて照明やマイクやカメラ、調整卓といった撮影機材がひしめく日もあった。行き交う人間を避ければ床に這いまわるケーブルで転びそうになる。割烹着の紅一点は絵になると喜ばれたが、開発者でもデザイナーでもないただの管理人だと知れると追い払われた。関係ない部外者は入るなと邪魔者扱いされた。
 盗み撮りされたアパートの画像や動画がソーシャルメディアに溢れかえった。地元民ばかりか観光客までもが見物に訪れ、建物のまわりに始終だれかがうろつくようになった。明日香がふと窓を見ると庭でスマホを構える侵入者と視線が合ったりした。さすがにこのときは通報したが、逃げられた上に到着した警官にまでスマホで撮られそうになった。
 友人が急に増えた。記憶にない元同級生から番組を見た旨のメッセージが続々と届いた。ボッチーズは首からカードを提げたまま平然と生活している。ストーカー被害を経験した明日香には抵抗があった。名前や顔写真はないものの「あの建物」の住民であるのは丸わかりだ。
 広間と廊下を占拠されて掃除も炊事もままならぬ。立入禁止の札を無視して迷い込む客も多く、明日香は気を抜けなくなった。一階のトイレが汚されるようになり日に何度も掃除するはめになった。若い男から掃除のおばさん呼ばわりされた。火急の用に迫られた中年女に侮蔑の言葉を浴びせられた。
 マシューとヤンパチに相談すると食事も掃除も当分しなくていいと告げられた。いずれ状況が落ち着けばまた頼む。陸にもそのように伝えておくと。洗濯はすでに断られていたので仕事がなくなった。何のために住み込んだかわからない。肩身が狭くなった。
 挙げ句にカードをなくして締め出されそうになった。買い物から戻って割烹着のポケットに手を入れると手応えがない。大いに慌てて全身を探し、そんな場所にないのはわかっていながら財布を確かめ、落としたのではないかと周囲を見まわし、挙げ句にレジ袋の底から発見した。
 玄関前で大騒ぎする様子をだれかに撮られてユーチューブに投稿された。名も知らぬ友人らは親切にそのことをURLつきで明日香に教えた。
 明日香は自室に閉じ籠もった。施錠しブラインドも降ろした。ベッドで天井を見つめていると扉の把手が廊下側からガチャガチャとまわされた。去っていく足音は明らかにボッチーズでも、しばらく前から寄りつかなくなったあきらでもなかった。明日香は頭まで布団を被った。スマホに繋いだイヤフォンを大音量にし、鬱々と求人情報をスクロールした。
 柳沢美彌子は一連の騒ぎを抜け目なく利用した。ベストセラー作家の再デビューにはお誂え向きだった。彼女はメディアとの調整役を申し出た。ヤンパチはそれはおれの仕事だと抵抗したが彼女の強引さに勝てるはずがない。最後には引き下がらざるを得なかった。
 ベストセラー作家から起業家への転身がワイドショーに取り上げられるほど話題になるのを美彌子は見計らった。署名した契約にはインタビュー企画も含まれていると告げられ、美樹は渋々ながら応じた。
 明日香は美彌子が連れてきた記者に生理的な嫌悪感をおぼえた。表層的には相容れぬはずの美彌子に対しては、おそらく美樹の小説を通じて勝手に抱いた印象ではあろうが、その内側に何かしら共感できる要素が隠されているのではという気がしてならなかった。しかしこの肥った小男には単に禍々しさしか感じなかった。生ゴミに似た体臭のせいかもしれないし、卑屈に笑う目つきのせいかもしれない。
 卑屈な目つき、というのが曲者なのだ。実のところへりくだってなどいない。あべこべに世間を侮り見下す目つきだった。強烈な自己愛で世界を歪めて見ている。田辺美樹の目つきと正反対である。
 明日香は当初、美樹の冷たい目つきを傲慢さの表れと受けとった。ひとつ屋根の下で付き合いが長くなるにつれわかったのは、彼が世間のだれをも見下してなどおらず、それどころか何の関心も抱いていない事実だった。ボッチーズとあきらのみを例外として、彼自身さえも関心の埒外だった。生きようが死のうがどうでもいいという投げやりな態度だ。
 自分もまた例外に含められたかに感じた瞬間が明日香にはあった。そのたびに彼女は自覚せぬままに労働への報酬めいた悦びを感じた。ほかとは異なる目で見られたい、少しでも笑わせたいと願うようになった。しかし失言で扉は再び閉ざされ、挽回する間もなく世間のひとびとが大挙して押し寄せた。
 喪われたのは心を融かす機会ばかりではない。田辺美樹そのひとが変わった。初対面の彼女に強烈な印象を残した、あの鋭い光が目から消えた。いまや美樹の大きな背中は、インタビュアーの卑しくギラつく目に圧倒されるかのようにすら見えた。美彌子は自分の執務室であるかのように小男を美樹の部屋に招き入れた。囚人さながらの美樹がふたりに続き、扉を締めた。
 明日香は書庫の扉を拭き掃除するふりをしながらその様子を盗み見ていた。部屋からは声が漏れ聞こえるが内容までは聞きとれなかった。ストーカーじみた執着心を自覚し、自分はどうしてしまったのかと畏れた。彼女にできることは何もなかった。バケツと雑巾を納戸に片づけ、自室に引き籠もった。ベッドで滲み出る涙を袖口で拭いながら求人情報を検索した。
 明日香には知りようもなかったが、彼女を不安がらせたのは実のところ金舟の病的な内面だった。田辺美樹を心から蔑み、侮り、破滅をこいねがうほど憎んでいたのだ。美樹を陥れる手段を手にした彼は狂喜した。その昂奮が目つきにも表れていたのである。
 金舟はかつては作家志望だったが資質をまったく欠いていた。努力するつもりは更々ないが、だれよりも己が優れているとの妄想を脅かす世界は我慢ならぬという、怠惰な自己愛の持主だった。独自の視点も感性もなかった。あるのは他人を貶め、ねじ伏せることで己の強さを感じようとする欲求だけだ。作家に憧れたのもそもそもは、読まれることを支配欲の達成手段とみなしたせいだ。しかし書く努力すら下賎な無能のやることと侮り蔑むようでは、何者にもなれるはずがない。
 作家になれなかった彼は自分を批評家とみなすことにした。真の批評がいかなるものであろうと彼には関係がなかった。安全な高みから気安く他人を貶める口実として機能しさえすればいい。ソーシャルメディアの隆盛が彼を助けた。それはまさしく彼のような人間のための場だった。
 彼には書くどころか読む能力すらなかった。理解するのは小児性愛者向けアニメとワイドショーのゴシップのみである。その範疇を出れば社会に貶められるべき駄作となる。その価値観はソーシャルメディアでごく自然に受け入れられた。いわばインターネットの価値観が彼のようなライターを生んだのだ。
 たとえば彼は魔術的リアリズムの傑作をイヤミスと評したりした。そのような記事が往々にして人口に膾炙した。読み味わうよりも侮るほうが、読まずに貶めるほうが安易でわかりやすい。実際に読み味わった者から批難されることも稀にあったが、せせら笑いながら巧みに吹聴した。褒めねば叩かれるような国で批評は成立しない、云々と。世間は喝采した。
 田辺美樹のような本物の天才は、三流ライターにとって抹殺すべき脅威であった。自分でもあのくらいは鼻糞をほじりながらでも書けると金舟は考えた。高尚な批評家であるゆえにその気にならぬだけだと。しかし『Fの肖像』や『水晶の卵』の圧倒的な売れ行きが、何より作品そのものの歴然とした価値が、彼の甘やかな妄想を打ち砕いた。本物が正しく評価される場合もあること、ソーシャルメディアで持て囃される記事が贋物であることがまざまざと露呈した。
 怠惰な自己愛は羨望や憧れを認めない。努力せずしてあらかじめだれよりも己が優れていなければならぬ。その妄想を脅かす存在はなんぴとたりとも許せない。この世に存在してはならなかった。
 都合のいいことにある日突然ナベミキは失踪した。文壇からも「当店売上げ一位」の平台からも消えた。ぱちんと指を鳴らす労すらかけずしてそれが叶った。ほかの作家は取るに足らない。己を甘やかすに何の障害にもならなかった。金舟は胸を撫で下ろし、何年ものあいだ小物をやっつけては悦に入った。フォロワーは五桁に達し、三流ライターなりに収入は増加した。
 ナベミキが青葉市でまだ生存しているとの噂を耳にしたとき、友人がいないので正確には聞いたのではなくソーシャルメディアで目にしたのだが、復活される前に息の根を止めることを金舟は決意した。二度と立ち上がれぬよう今度こそ完璧に叩きのめしてやる。
 柳沢美彌子に接触した。夫をベストセラー作家に育て上げて出版界の生ける伝説となった女だ。餌となる情報を小出しにし、らしに焦らして喉奥までくわえ込むのを虎視眈々と待った。お高くとまった女だが案の定もっとくれと泣いて懇願するようになった。というのは金舟の主観で、実際に泣かれたわけでも懇願されたわけでもないのだが事実としては大差なかった。辣腕の名をほしいままにした編集者は、いまにも発狂せんばかりの形相で契約書に署名した。
 田辺美樹の作品にくりかえし表れる強迫観念に金舟は着目した。本能的にそれが鍵だと嗅ぎつけた。小説の読めぬ彼にしては立派だといえよう。美樹の小説では決まって実の親に子供が惨殺されたり、遺伝性の狂気に子供が苦しんだりした。自死が魂の解放として描かれもした。その強迫観念には実人生が反映されていると金舟は決めつけた。理解できる水準にまで貶めることが何よりも重要だった。そのようにして彼はソーシャルメディアでのしあがってきたのだ。田辺美樹の生育歴を執拗に追い、策を練った。
 この頃の田辺美樹はほとんど睡眠をとっていなかった。美彌子の執拗で厳しい要求に応じるにはそれしかなかった。日中は彼女に迫られるがままに書き、夜は仲間たちのために働いた。美彌子の前では精力的に料理を平らげてみせ、彼女が帰ると浴室で吐いた。
 美樹は朦朧として判断力が鈍っていた。執筆を再開した『血と言葉』の着想の源がいかなる生育歴によるものか。なぜ連載を途絶して失踪したのか。これまで語らずに封印してきた過去のすべてを、金舟の尋問に誘導されるままに語った。
 それはまさしく「本棚の整理」にほかならなかった。


(もり まさひこ、1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、藤井太洋氏、十市社氏らによる指導を受けた『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『逆さの月』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。最新恋愛小説『ぼっちの帝国』連載中。
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