杜 昌彦

ぼっちの帝国

連載第36回: Happiness is a Warm Gun

杜 昌彦書いた人: 杜 昌彦, 投稿日時: 2019.07.07

 正常とは何か、本来の人生とは何かを田辺美樹に教えたのは学校と本だった。
 家庭は混沌だった。何もかもが支離滅裂で悪意のほかに一貫した論理はなかった。義務教育と図書室がなければ混乱したまま育ったろう。父親と同じような社会病質者に仕上がったかもしれないし、母親と同様に支配と暴力をこいねがうようになったかもしれない。
 あるいは成人するまで生きていなかった。殺されていたかもしれないし自死を選んだかもしれない。かろうじて正気と現世にしがみついていられたのは教育のおかげだった。両親が狂っていること、混乱が悪であること、そのような出自を持つ自分が人間としてまちがっていることを知れた。正常にはなれずとも罪人にならぬよう身を正せた。
 両親は筋の通った社会を憎んでいた。狂人である彼らにとって世界は混乱していなければならなかった。父親の悪意と自己愛は甘やかされねばならなかったし、だれもが彼の気まぐれに人生を蹂躙されねばならなかった。そのような暴力が他者や自分に、とりわけ息子にふるわれることで母親は悦に入った。
 息子は支離滅裂な教義を暗唱させられた。抗ってはならなかった。外の世界を知ることは罪だった。両親は世間では人格者として通っていた。社会への偽装のためだけに息子を学校へ通わせた。ノートや借りた本を美樹は両親から隠した。見つかると授業は貶められ本は引き裂かれて踏みにじられた。教師への厭がらせの口実にもされた。正常であろうとする心は彼にとって宗教となった。
 邪悪な両親を彼は憎まなかった。人間ではないものを憎んでも仕方がない。ただ遠ざかり忘れたかった。しかし彼らの遺伝子は紛れもなく彼のうちにあった。その事実は三十二年前の梅雨に刻まれた。呪われたしるしのように拭い去れなかった。
 祖父の宗一は厳格な男ではあったが社会病質ではなかった。大勢に憎まれるのは資産家にはよくあることで、他人の尊厳を踏みにじって愉しむような自己愛者ではない。ただし彼が結婚した女はどこかおかしかった。それが何であるか露呈する前に彼女は癌で死んだ。
 彼女の母親、つまり美樹の曾祖母は地元住民の尊敬を集めていた。人徳への敬意ではなく洗脳による崇拝であったことを田辺宗一は知らなかった。生き神様は他人の家庭に土足で踏み入って、水子の祟りだの、先祖を敬わぬせいだのと罪悪感に付け入り、生活にあらゆる指図をしてひとびとを操った。
 のちに犯罪者となる幼児を田辺辛子しんこがいかに教育したのかだれにもわからない。宗一は子育てに関心がなかった。出入りの乳母や家政婦は次々に辞めた。直継なおつぐは学校に通わなかった。馴染めなかったし見下していた。父宗一はそれをよしとした。金に糸目をつけず一流の家庭教師を雇った。彼らも次々と辞めた。自殺する者もいた。
 宗一が事態を理解した頃には息子はやんちゃと呼ぶには度を超していた。宗一は警官上がりの強面こわもてをお目付役として雇った。どの男も辞めたり失踪したりした。遺書も残さずに家族と心中した者もいた。金によって得た受験資格で直継は大学院に潜り込み、教育心理学を専攻した。そこでテロ集団やカルトとの繋がりを得たらしい。頭の弱い狂人と知り合い結婚した。
 支離滅裂な言動をする女だった。産んだ子供たちを自分が暴行されないための生け贄として利用するようになった。似合いの夫婦だった。犯行後の精神鑑定では前頭葉の発達に障害があるとされた。その母親、つまり美樹の祖母には統合失調症の通院歴があった。
 美樹が生まれる少し前に田辺宗一は息子を勘当した。ゆえにあの犯罪とは無関係だとの立場をとれた。本来ならそんな理屈は世間に通用しなかったろう。一部の極端な市民団体からは嵐のように糾弾された。しかしマスメディアも広告代理店も田辺財閥の影響下にあった。犯人との関係はほとんど報じられなかった。
 被害者のうちに犯人の次男が含まれた事実はとりわけ注意深く隠蔽された。孫への愛ゆえではない。単に厄介ごとを避けるためだ。宗一は兄弟を引き取って養育した。祖父の死後は海外で法学と経営学を学び、田辺財閥に就職した兄が美樹の面倒を見た。
 事件当時はインターネットもソーシャルメディアもなかった。家庭の事情は暴かれなかった。
 しかし時代が違っても田辺宗一には何ひとつ変わりはなかったろう。現代では戦争も大統領選も広告代理店に支払った額で決まる。ひとびとが何をどう感じるべきかも金で買える。匹敵する力は社会病質者の悪意だけだ。発言力のないアカウントがどこに何を書いたところで共有も拡散もされない。
 田辺美樹に祖父のような力があれば隠蔽を貫けたはずだ。あるいは祖父が存命であれば。もしくは柳沢美彌子が金舟を連れてこなければ。根掘り葉掘りの尋問をかわせるほど睡眠をとれていれば、そもそも作家にならなければ……など、こればかりはいいだせばきりがない。
 父の直継は学生時代に銃砲所持許可と狩猟免許を取得し、それ以来ずっと散弾銃を使っていた。狩猟を教えたのは宗一だった。紳士のたしなみである狩猟と乗馬をやらせれば息子の落ち着きのなさが治るだろうと考えたのだ。父親の前で直継は確かに効果があったかのようにふるまった。妄想を実現する機会を十五年あまりも待ったところを見ると実際に効果があったのかもしれない。
 両親が犯行を計画し準備していることは幼い美樹も知っていた。直継は連射機能のないM十六の改修版を購入し、銃口を次男に突きつけては悦に入った。突きつけられる側に両親を止める力はなかった。
 兄でさえ味方ではなかった。彼は初めから諦めていた。弟が生まれるまでひとりで狂気を受け止め吸収して育ったからだ。そのような家庭に生まれ育つ意味を受け入れていた。どうせだれも信じやしない、おれを巻き込むなと兄は美樹にいった。生まれの早さの分だけ彼は弟より歪められていた。
 兄は正しかった。意を決して学校で打ち明けたために美樹は友人を喪い、教師からは叱責された。両親が彼の口を封じなかったのはそうなるのを見越してのことだった。高校で河元真琴と摩周和己に出逢うまで田辺美樹を信じる人間はひとりもいなかった。そのために彼は惨劇を止められなかった。そしてその罪を大勢の大人たちや同級生たちから無言の視線で咎められた。
 それまで幾度となく試みた警告を事件当日は発せなかった。
 最初の銃声を聞いても声が出なかったし動けなかった。授業をする教師の声こそが現実であり銃声は幻聴だと信じ込もうとした。彼を信じぬ「普通」のひとびとに彼も倣おうとした。そうすればあの狂った家庭は消えてなくなる。そう信じようとした。
 美樹の教室は二階の奥にあり逃げる余裕が比較的あった。低学年は通常、一階に配置されるはずだが、たまたま耐震工事をしていた都合で一部が上階へ追いやられていた。子供たちは先を争って逃げた。机や椅子が倒れて教科書やノートが散らばった。何人かが転んで逃げ遅れた。
 間に合わぬと悟った教師が引き戸を締めて施錠しようとした。そして射殺された。残った子供たちは教卓やカーテンの陰に隠れた。田辺夫妻からは丸見えだった。
 なぜ隣の教室にいたのかそのときも後になっても美樹は思い出せなかった。廊下を級友たちと逃げようとして転び、短いあいだ記憶をなくしていた。気がつくと机や椅子の倒れた教室におり、目の前の床に痩せた眼鏡の男子が腰を抜かして座り込んでいた。
 逃げよう、と彼は男子に叫んだ。男子は何をいわれたのか理解できぬように美樹を見つめた。
 乾いた発砲音とくぐもった声で男性教師が撃たれたのがわかった。冗談で子供たちを笑わせる名人だった。隣の学級担任だがほかの子供たちと同様に美樹も彼が大好きだった。
 背後に足音が近づいた。歩き方や息遣いで両親だとわかった。この現実を信じたくなかった。人生の何もかもが嘘だったらよかったのに。自分が作家ならこんな話は書かないと彼は思った。図書室の童話のように夢のある世界に書き換えたい。
 机に隠れていた生徒が射殺された。田辺一家がこの世に存在しなければいまも授業を受けていたはずのだれか。二十分後の休み時間には友だちと笑っていたはずのだれかだ。美樹は肩越しに銃口が向けられるのを感じ、痩せた男子を突き倒してその上に覆い被さった。
 おれと兄貴を苦しめるためにやっているんだろう、と彼は固く目をつぶって祈るように思った。あんたらの子供だけを標的にしろよ。頼む。これ以上みんなを巻き添えにするな。もう耐えられない。
 両親の足音がすぐそばで止まった。父親が自分をじっと見下ろすのを後頭部に感じた。母親はその後ろにいる。ふたりの息遣いが聞こえた。予期したようないつもの罵声や嘲りの声はない。
 美樹は銃声と衝撃を待った。この世界から解放される瞬間を。
 その瞬間は訪れなかった。
 父親が鼻で嗤うのが頭上に聞こえた。両親は美樹など見なかったかのように何かよくわからない会話を交わしながら教室を出て行った。遠くで銃撃が再開された。
 蜂の大群が襲来するようなぶーんという唸りが眠りの奥に聞こえた。
 唸りは激しい振動となって築九十年近いアパートの建物を揺さぶった。美樹は荒い息と動悸と共に目覚めた。キーボードに突っ伏すようにして眠り込んでいたのだ。全身が濡れているのは返り血ではなく汗のためだった。三十八歳の肉体に違和感をおぼえた。
 激しく何かを叩きつけるような音がして照明が落ちた。停電したのだ。
 美樹は部屋を飛び出して隣の扉を叩いた。神崎陸の名を叫んだ。


(もり まさひこ、1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、藤井太洋氏、十市社氏らによる指導を受けた『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『逆さの月』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。最新恋愛小説『ぼっちの帝国』連載中。
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