うへ

大人って歯も上手く磨けない

連載第4回: 歯抜け疣小僧(前編)

うへ書いた人: うへ, 投稿日時: 2020.06.13

 あれは七か八くらいの歳だったと記憶する。後部座席に半分寝そべり、三分の一ほど開いた窓からボーボーと入り込む風を額に受けながら、よく晴れ渡った青空と夏を思わせる白い雲を眺め、母親の運転する車に乗っていた。行き先はたしか母親の友人宅で、いまでいう「ママ友」を拾って、陶器市かなにかに出掛ける道中であった。
 ほどなくして、ママ友を助手席に乗せるや否や、母とそのママ友はテンション高く、次から次へと話題に花を咲かせていった。
 親たちの会話の中身など、子供にとってくそ面白くもない。テンション高めの二人を横目に、私はまた車窓から見える青い空を見るともなく見やっていた。

 ふと気付くと、快足を走らせていた車は、牛歩のような進み具合になっており、「着いたのかな?」と、シートから尻だけ中空に浮かせた姿勢で寝そべっていた体をくねくねと身を捩りながら起こして車外を見やった。どうやら渋滞に巻き込まれただけのようだ。
 前の二人の会話も、最初の熱こそないものの、途切れ途切れではあるが、まだまだ話題は尽きないようだった。
 「なんで付いてきたんやろ…」私は小さくため息をついた。
 ママ友を拾う前から頭を掠めていた思いがいま、眼下に広がる描き甲斐のある景色をキャンバスに描き終えたときのガッカリ感のような鮮明さで、はっきりと意識されつつあった。そりゃそうだ。いくら目に映る景色が綺麗だからといって、その景色を描くのは私であって、どんなに上手く描こうと思っても、絵心のない私には「ウマブリタイ感」が色濃く滲んだ、餓鬼の落書きのような残念な代物にしかならない。
 あの高揚感は偽物だった。何度学んでも失敗の歴史を繰り返す愚かな人間は、どうやら大人に限った話ではないらしい。

 ところで私は、生来の気質と親の教育方針の賜物から、人様の前で醜態をさらしてはならぬと、見栄を張る子供であった。何故こうも親との会話がないのかと不思議に思われた方もおられるかもしれないが、そういった事情があるからなのである。
 なにかひとこと「ねえ、まあだああー」と尋ねれば、あとどのくらいで着くのか、あるいは退屈しのぎに、大人たちが気を遣って、私を会話のなかに入れてくれたかもしれない。母親とて、その程度のことを尋ねて咎めるような人間ではなく、むしろ気を遣ってこちらのことを会話の合間にチラチラと窺っていたのも知っていた。

 気を遣われることのほうがよほど息苦しい。だから私は口を閉ざしたまま本格的に寝る態勢に入ろうと、体をシートに横たえた。そのとき、右手人差し指の第二関節山側辺りに、奇妙な虫がくっついているのを発見した。

(続く)


趣味でしかものを書いたことのない、名無しの素人エッセイスト(自称)。 この度、どういうわけか当サイト「人格OverDrive」の主宰者である杜 昌彦氏に「掲載してみませんか」とお誘いいただき、こちらに寄稿することに。 29年間、苦しそうなこと、辛そうなことから逃亡している人生。フリーター。 寄稿するジャンルは妄想エッセイ。虚実交えた物語を書いていきたいと思います。
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