うへ

大人って歯も上手く磨けない

連載第5回: 歯抜け疣小僧(後編)

うへ書いた人: うへ, 投稿日時: 2020.06.14

 「うーん、疣ですな、こりゃ」
 定年前といった風情の小太りなその医者は、そういうなり後ろに控えていた看護師にちょいちょいと何かを持ってくるよう合図した。
 そこで登場したのは無骨な銀のスプレー缶で、「少し痛むよ~」というなり、患部に噴射した。ちゅめたい。
 疣というのは別名「尋常性疣贅じんじょうせいゆうぜい」と呼ばれ、その大半がヒトパピローマウイルスというウイルスの原因によるもので、そやつが傷口などから侵入し、数mmから1cm大の凸を現出させる。痛みはないのだが、放っておくと広がる恐れもあるため、早期の治療が大切になってくる。
 また、疣の治療には「凍結療法」というものが一般的で、マイナス一九六度の液体窒素を患部に当てることでウイルスの駐在している細胞を壊死させ、自然に疣が取れるのを待ち、新たな細胞が生まれ変わるのを促す、自然療法といった手段を取るようだ。

 いま改めて考え直してみても、どうしても納得がいかない。当時、指に傷口なんてなかったし、その指に出来た疣のある位置は、どう考えてもあの指に止まっていた蟲がいた位置だった。

 あのときはその面妖なる姿形や色味が不気味で、慌てて窓の外に指を振って払い落としたのだが。その数時間後、帰りの車中でこの見慣れぬ疣の存在に気付いたのであった。

 「絶対あの蟲が原因や…」私だけがいまも信じているこの世の秘密を、いま初めてあなたに打ち明けた。二十年越しの秘密が明かされたのだ。だが、こんな取るに足らない秘密を数えきれないほど抱えて生きているのが「人間」という生き物の一側面ではなかろうか。あなたにだって、記憶の彼方に沈んでしまった砂のような記憶が、無意識の海底で人知れず煌めいているかもしれない。

 実はこの頃、一週間後に小学校の運動会が控えており、その数日前には、運動会の予行練習中に前歯の乳歯が一本抜けるというアクシデントにも見舞われ、「疣持ち、歯抜け」というなんともまあ憐れな少年となっていた。

 運動会当日。綱引きの競技中にそのアクシデントは起こった。綱引きのロープを想像していただけるとおわかりいただけるだろうが、あれは荒縄といった感じのささくれだった縄で、それが三本ほど捻じれ併さって作られている。私は非力な少年であったが、懸命にそのロープを引っ張り、白組の勝利に貢献すべく、力の限りを振り絞った。振り絞ったら、疣が千切れた。耐えがたい痛み。滴る赤黒い血。白組劣勢。私がここでロープを離して、負けでもしたら、私は私を許せない。未来永劫、後悔の念に苛まれ、あのときロープを離した不届き者として、張り付けにされるかもしれない。なにがなにやらわからない。

 その後どちらが勝利したのかは、まるで覚えていない。しかしこれには後日譚がある。

 私のその勇姿は、父親のカメラに収められ、その写真が「運動会の思い出」というテーマで募集されていた学校の写真コンテストに応募され(父親が私の許可なく、黙って勝手に応募した)、見事「銀賞」に輝いたのだ。
 それは学校の掲示板だけでなく、町内の掲示板にも数週間に渡って張り出された。それほどに町内では注目度の高い写真コンテストであった。私はその期間中、赤面して気が狂いそうだった。
 おそらく全学年のカメラを構えていた人数ぶんの写真、数百枚の中から選び出された一枚。金賞ではなく、銀賞であったことから、大人たちの意地悪な精魂が透けて見える。腐っている。

 その写真に写り込んだ私は、なぜか笑っていた。前歯のないその顔で。へらへらという形容が最も適するような満面の笑みを浮かべながら。へっぴり腰で。力もまったく入っていないように見受けられた。
 周囲の顔は真剣そのものだ。苦悶の表情を浮かべ、ロープを一心に引っ張っている。なぜ、私だって一生懸命、千切れた疣の痛みを我慢しながら、滴る血を意に介さず、彼ら以上に多くのものと闘いながら、ロープを引っ張っていたというのに。

 この作品にタイトルを付けるとしたら、間違いなく「阿呆ヅラ」といい、みな誰もが納得することであろう。それほどに見事なまでの阿呆ヅラだった。こんな写真を許可なく提供した父親に怒りを覚えた私でさえも、その写真を見るや否や笑い出してしまうほどに、そこに映り込むすべてが、見事なまでにコントラストを描いており、滑稽であった。

 父親は知っていたのである。私の尊厳が傷付けられる恐れがあることに。しかし、子供の面目よりも、面白さを取ったのである。父はそういう人間だった。仕事から帰宅した父に母が、銀賞を獲ったことを伝えると、父は「くっくっくっ」と笑い、上機嫌でビールを煽った。赤く蒸気した顔で愉快そうにグラスに注いだビールをグビグビと飲み干す。私はその上下する喉ぼとけを見つめながら、父の機嫌がしばらく良いのならとどこか安堵を覚え、喉元まで出かかっていた怒りを鎮め、父の機嫌と己の尊厳を秤にかけた結果、後者をなおざりにすることにした。

(終)


趣味でしかものを書いたことのない、名無しの素人エッセイスト(自称)。 この度、どういうわけか当サイト「人格OverDrive」の主宰者である杜 昌彦氏に「掲載してみませんか」とお誘いいただき、こちらに寄稿することに。 29年間、苦しそうなこと、辛そうなことから逃亡している人生。フリーター。 寄稿するジャンルは妄想エッセイ。虚実交えた物語を書いていきたいと思います。
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