杜 昌彦

GONZO

第34話: グラン・ギニョル

書いた人: 杜 昌彦, 投稿日時: 2021.10.04

この物語からご都合主義を排すれば何も残らぬ幼稚な願望充足こそが意図するところでありそれ以外の何ものも著者は顧みない主要登場人物はいくらかの例外を除けば史実に基づいているが梶元権蔵の人物像には多分に誇張が含まれるし彼が道行きを共にした犬についてはご賢察の通りまったくの創作であるあの犬は実在しない虚構である嘘っぱちだ実録ものと称していても所詮はつくり話にすぎない史実を求むるならばもっとましな書物がいくらでもある従って彼もとい彼女がいかにして一面識もない殺し屋のもとに現れたかといった無粋な質問はぜひとも遠慮していただきたい
 繊細な配慮など一片も持ち合わせぬ友人らは草稿を一読するや鬼の首でも取ったかのごとく口々にその質問を浴びせてきた姫川尊と同じ臭いがしたからのひと言で勘弁してもらったが代わりに美少年の裸をもっと出す約束をさせられた鍛え上げた活劇俳優ならいざ知らず中年肥満男の入浴場面などだれが得をするのか吐き気を催させられるだけではないかというのだ著者とて書きたくて書くのではないあくまで殺し屋の悪運が尽きつつあるほのめかしで銃弾を摘出する都合なのだがそれなら読者サービスの都合だって増やせばよかろうと主張されたら反論できぬ約束を守るか否かはさておき賢明なる読者諸氏もまたその理屈でどうかご納得いただきたいすなわち同じ臭いがしたから
 いまや助手席には美少年の代わりに架空の犬が座り獣の臭いが満ちるロードスターは殺人現場を離れ赤色灯を回転させるパトカーとすれ違うジェームズ・ステュアート演ずるエルウッドのごとく実在せぬ犬に語りかけた口ぶりからはさぞかし長距離ドライヴになるかと思いきやわずか十数分で住宅街のコンビニに着いたここが地獄かという顔で虚構は運転手を見上げ半虚構の殺し屋は行く先はどこだって地獄さと答えて幌を上げちょっと用事を済ませてくるあんたは好きにしろと告げて車を離れた
 北の街に数十年も店を構える小溝商会は雑多な商材に創業当時からの埃が堆積する客の出入りが目撃されたためしのない何をどう商っているのか得体の知れぬ個人商店である理解不能なまでに異質であるがゆえに風景の一部に紛れてだれも気に留めず梶元権蔵と同様の不可視性をまとう鼠顔の男はそこにつけ込んで店主の老人を殺害し成り代わることで官憲の目を逃れ悪党どもと情報を売買して暮らしてきたゴンゾはその敷居をまたぎ通路が判然とせぬほど積まれたガラクタを崩さぬよう気を配りながらおーい小溝起きてるかと床下に埋められた老人の名で呼びかけた奥の事務所まで分け入らなかったのは億劫だったからで厭がられるのを知っていながらその名で呼ぶのは本名を知らぬからだ事務所から顔を突き出した鼠男は疫病神でも訪れたかのような態度で今度は何の用だと迷惑げに呻いた見たくもないが視線をそらすこともできかねる風だった出てくる様子がないのでゴンゾはやむなく肥満体を運びあんたの売り物はさっぱり役に立たねぇなと苦情を申し立てた鼠男の視線が泳いだなんのことさと来客に白々しく尋ねた
二四〇万のネタが台なしだ行ってみたら死んでた
歯医者の連絡先を教えただけだ先のことまで責任を負えない
随分と他人行儀じゃないか使用前にくたばるような不良品をつかませやがって代わりのをよこせよ
他人だろ縁もゆかりもない懇願するかのように鼠男はいった。 「おれはあんたのことを何ひとつ知らないんだ何を探しているのかもだれに頼まれて動いてるかも知らない金なら返すから巻き込まないでくれおれは忙しいんだ
なんだその安い映画みたいな口調は脅されたハッカーの場面かよ
あんたにはいつだって脅されてるよ……もう勘弁してくれ
つれないねェどうしちまったんだ小溝まさかあんたまで呪いが怖くなったかまぁ確かに歯医者といい歳上の愛人といいあいつの絵に関わるとろくな死に方はしないようだが
噂はガチだあんたが来たのがその証拠さ平気なのか
 それを聞いて梶元権蔵は笑った。 「おれが? 死神はおれだ商売を畏れてどうする
そういう意味じゃない普通はなゴンゾ死ぬのが怖いんだよ
わからねえな経験のないことは畏れようがないし死んだら何も感じなくなる……なんだこの会話
時間稼ぎだよ警告はしたからなおれは生きたいんだすまん
 鼻歌交じりにひと晩で数十人を殺害する優秀な職業人でありながら姫川尊を軽んじて初対面の屈辱から学ぼうとせぬゴンゾはあるいは己の異質さを過信したのかもしれぬ世に悪党は彼ひとりではないし現にこの物語ではさながら博覧会のごとく奇人変人ばかりが登場する存在せぬはずの同類にしてみれば同じ悪臭など容易に嗅ぎ当てられる小溝商会は元が小間物屋のようなものであるから鉄梃もスパナも何でもある堆積した商材の隙間にはゴキブリやら団子虫やらムカデやら容貌の比喩ではない鼠やらも蠢いている背後の気配に気づかなかったのはそのせいにもできようがとにかく鈍器には事欠かなかったのであるモッズスーツの社会病質者はいわゆるバールのようなもので後頭部をしたたか殴られ昏倒した周囲の商材の山が崩れて数十年分の埃がモウモウと舞った錆と埃と生き物の糞に覆われたその工具が元は何と呼ばれていたのかあるいは文鎮か鉄パイプだったのかもしれないが事実バールのようなものとしか表現しようがない
 気がつくとゴンゾは椅子に縛りつけられていた結束バンドで縛られた手首が椅子の背にまわされ膨れ上がった腹とビートルブーツを履いた太い足は延長コードでぐるぐる巻きにされているやったやつに釣りやボーイスカウトの経験はなさそうだとゴンゾは判断した木製椅子は掘っ建て小屋に負けぬほど古く体重に耐えかねてギシギシと軋んだその最初の所有者に成り代わった男は視界の隅に横たわっていたその顔はもう鼠には似ておらずどちらかといえば泥で描いた抽象画のようだった生きたければもうちっと頭を使えよとゴンゾは考え考えたせいで頭痛がした痛むなら使うのも考えものだだから小溝二号は黙っておとなしく殺されたのだろう幌を上げたロードスターを運転してさえ風に飛ばされぬかの伝説的な中折れ帽は足許の床に落ちていたその先に運動靴の爪先があり靴は黒いつなぎの足に履かれていた下卑た笑い声を立てるその持主を見上げるとまた頭痛がした随分と弱っちい死神だねぇと目出し帽の男はいった同じ格好の覆面男が左右にもいた
現実はそんなもんだ失望させたな
 黒いつなぎと目出し帽の男は銃把で力任せにゴンゾの頬を殴り口が減らねえ野郎だと呻いた面の皮が厚いとはよくいったもので後頭部の疵がまたしても痛んだほかは脂肪の層が蒟蒻こんにゃくのように慄えたのみでさしたる被害は受けなかった素人ってのはどうして映画を手本にしたがるのかねいつか実際にいってみたい台詞の一覧表でも普段から手帳に記しているのかとゴンゾは訝ったそうは口に出さぬだけの繊細な配慮を珍しく見せ悪いがおれは忙しいんだ用があるなら早くしてくれとだけいった無駄口をきくと後頭部が痛むのに気づいたからだ脳だって胃腸と同じくらい大切な臓器なのにどうして脂肪に護られておらぬのか小学校すら出ていない彼には世の中は疑問だらけだ
こっちの要求はわかってるだろう
愛は言葉にされなきゃ伝わらない
 きいた風な口をきくなとまた頬を殴られたああこの台詞は教団でよく聞かされたぞとゴンゾは思ったこの男に息子がいたらきっとこうして躾けるのだろう世の中をまともに渡れぬ弱い無能ほど女子どもをいたぶってありもせぬ力を実感しようとするあいつらはみんな麻薬をんで焼かれた逃げのびようとした連中はおれが全員殺した少なくともあのときはそう信じた。 「おいあんた喋ってほしいのか黙ってほしいのかどっちかに決めろよそれとも怯えて泣き叫べばいいのか三人組はなんだこいつという風に互いに顔を見合わせた
状況がわかってるのか立場を……
いいから用件をいえよ
姫川尊の居場所だ
 警察や公安なら保護した証人の居場所を知らぬはずがないすなわちこの連中はまた別の勢力だしかも素人情報を得るつもりであべこべに情報をくれている姫川家の謎はひっぱりだこの人気らしい背後に控えているのはプロかもしれぬが少なくともこいつらは暴力に不慣れだその日ゴンゾは奉仕精神に溢れていた殺し屋だって映画くらい観るこっちが知りたいねとの台詞で期待に応えてやった実際にはミコトがどこで何をしていようが関心などない知りたいのは背後の謎だけだ
とぼけるな
 いったいった本当にいいやがったとゴンゾは笑いをこらえた知ってどうするんだと尋ねてやったこれも映画にありそうな文句だ末端の実行役にすぎぬこいつらに答えは期待していないどうせ目的など知るまい中央の覆面男は顎をしゃくって合図したそうなるのを畏れていたがついに来てしまったといった風のこわばった不自然な身ぶり左右の覆面男が思い詰めたようにゴンゾの前後に進み出てバールのようなものを振りかざし全身を滅多打ちにした昂奮するとともにどこか怯えてもいるのが見てとれる打撃のたびにゴンゾが苦悶の声をあげて椅子ごと身をよじるので実際には肉や骨ではなく厚い脂肪やそれどころか椅子の背や脚といった木材が打たれているのに気づく様子もないさして若くも見えないがきっと本格的な暴力は初めてなのだろうとゴンゾは察した
 彼らが慣れぬ運動に息切れして喘いだ頃合いを見てゴンゾは立ち上がり指導者格の男の鼻をめがけて頭突きをした崩壊寸前だった椅子はその最後の衝撃でバラバラに砕け延長コードは緩んで床に落ちたふたりが再び襲いかかってきたときにはゴンゾは鼻が潰れた男の背後にまわり頚を結束バンドで締め上げていた殺人者の膨れた腹に乗せられた男は宙に浮いた足をばたつかせてもがき仲間のバールのようなものがその脛に当たった脛骨をへし折られた彼は絶叫したがちぎれるほど結束バンドの食い込んだ喉からは笛のような息が洩れるだけで声にならなかったもがいた足が金属製の棚を捉え通信機器や紙挟みが雪崩を打って崩れた棚が倒れてひとりが下敷きになり埃が煙幕のように舞った失禁し脱力した男をゴンゾをなおも締め上げて盾にしつつ骨が砕けて肉が潰れる歩きにくい感触も気に留めずどすどすと棚を踏み越えて残るひとりに迫ったそいつは奇声を発して闇雲にバールのようなものを振りまわしている
 さあどう料理しようかなと思案するゴンゾの背後で銃声がした雑然とした店内からだ見張り役がいたらしい弾丸はバールのようなものを手にした男の胸に命中した仰向けにぶっ倒れるその男に背を向けてゴンゾは屍体を盾にして戸口へ突進した考える手間が省けた助けが遅すぎる銃を持っているのを忘れでもしたんだろう気の毒に仲間に恵まれなかったなとゴンゾは思った相手は続けざまに撃ってきた銃を与えた者が構え方を教えなかったのか狙いを定めることを知らぬかのようだった巨大な操り人形よろしく締め上げられたまま振りまわされた指導者格は目出し帽から文字通り眼が飛び出しろくろ首さながらに頚が伸びて漫画じみた見た目になっていた見張り役の銃が撃ち尽くされて虚しい音を立てたそいつは狂ったように叫んだ弾倉を入れ替える隙を与えずにゴンゾは屍体を棄て代わりにそいつの頚に結束バンドを絡めた結束バンドのほうもすっかり伸びきっていて頚の骨に行く手を阻まれるまで粘土を切る糸のような役割を果たした
 助手席にじっと座っていた犬は気配に気づいて伸び上がり肥った男の姿を認めたゴンゾは潰れた帽子を直して埃を払い被りながら運転席に近づいた奪われた銃やナイフを棚の下敷きになった遺体から回収するのには手こずった実際には頚より先に結束バンドのほうが切れたのでモッズスーツはさして血を浴びずに済んだ黒を選ぶのはジョニー・キャッシュと違って染みが目立たぬからだがいまでは埃でまだらの灰色になっていた犬は糞尿の臭いを嗅ぎつけて顔をしかめたエンジンをかけながらゴンゾはおれじゃないと否定しちぇっあしたは筋肉痛だなあとで親爺に請求してやると愚痴をこぼした運転中四人組から奪った携帯のひとつが鳴った大立ちまわりは観察していたヨご苦労だったネと聞き憶えのあるその声はゴンゾを労ったどうしてこの番号を知った仲間なのかとの問いは無視してミコトの居場所を知りたくはないかと尋ねてきた安全な場所に保護しているという


(1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『ぼっちの帝国』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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