D.I.Y.出版日誌

連載第32回: 書き直して再出版しました

アバター画像書いた人: 杜 昌彦
2017.
02.09Thu

書き直して再出版しました

ガラスの泡リマスター版が配信されましたこれまでの版にあった誤りや不充分な点を修正したものです。 『Pの刺激続編ですが独立した物語なので読んでいなくても差し支えはありません技術的にはよく書けているので今回手を入れて納得のいく完成度にしましたが著者としてはもう二度と読み返したくない本ですこのシリーズには明確な時代設定があってPの刺激は 2006 年執筆の翌年)、 『ガラスの泡は 2008 年です後者には二年後としか書かれていませんが前者を注意深く読むと 2006 年であることがわかります前者では状況に流されて働いていた主人公が後者では探偵の自覚をもちます十年近く歳をとった主人公がいまどうしているのか気にならなくもないのですが当分つづきを書く予定はありません

夜間勤務をしているのでほとんど他人と関わらずに生活しています休日には一歩も外へ出ません映画は Hulu で本は Kindle で愉しみますひと月に一度友人と酒をのみます食事はグレープフルーツジュースとプロテインたまにビタミン剤決めておけば買い物の時間が短くて済みます一時期は豆腐と豆乳だけで生きていたこともありましたが体調に異常は生じませんでしたやめたのは保存期間が短いからですそのような静かな暮らしを手に入れてはじめて他人と関わるのがどれだけ苦手か自覚しました若い頃には無理をして社交的になろうとしたこともありますいつも無残な結果に終わりました接客業の現場管理なので本来は社会スキルが高くなければ務まらないのですが時間帯に救われていますほとんどだれとも関わらずに生きるのは幸せではありませんが圧倒的に楽です月イチでのむ友人を別にすれば他人と関わるのは苦痛でしかありませんどんな機会も能力のなさを晒して恥をかく場になります医師によれば金と時間をかけて脳の精密検査をしなければ原因はわからないそうです

ガラスの泡はフィリップ・ K ・ディックの影響で書かれました改稿の参考にするつもりでヴァリスを新訳で読み返しいまは聖なる侵入にとりかかっています作業を終えるまでには間に合いませんでした)。 自分が抱えている障害についてさまざまなことを考えます神は個別のコードを書かず自動増殖のアルゴリズムを走らせているのでしょうからソースコードにエラーのある個体が発生するのはやむをえないにせよプロトコルと整合性のない invalid な個体が弾かれるたびに無駄な祈りが発生するのでは欠陥システムと批難されても無理はありません局所的には不具合が多発していてもサービス全体の運用には差し支えないので多すぎる祈りをフィルタリングないしミュートするパッチをあててそれでよしとしているのかもしれませんそもそも何を目的としたサービスなのかわからぬままユーザは強制的に参加させられます退会方法のリンクは意図的にわかりにくくされていて無理に退会しようとするとまず確実にひどいことになりますそもそも自分の意志で退会する権利が認められていません規約で明確に禁じられていますユーザの意思とかかわりなく一方的かつ強制的に参加させられ自主的な退会は許されず時期がきたら強制退会させられますその日がいつになるかはユーザには知らされませんすべてのアルゴリズムがそのように設計されています

遺伝的なエラーゆえ淘汰される側の人間なのでだれからも愛されたことがありません若い頃はだれかにそばにいてほしくて無理をして騙されたり逆に傷つけたりしました寂しくないといえば嘘になります多くの親友がいた十四歳の頃を懐かしく思う日もありますでもこれでいいのだと最近は思えるようになりましたなんでも叶うなら健常者になってまっとうな社会生活をしたい能力のなさや不様なふるまいで惨めな思いをするのではなく世間のだれもがそうしているように能力やひととの関わりを利用して自らの価値を高めてゆきたいでもそうでない現実を哀しむ年齢ではもはやなくなりましたひとの社会で暮らしていてもそもそもそこに属してはいないのですひっそりと暮らすすべがあるのならまずまずの人生なのかもしれませんもっとひどいことになる可能性はいくらでもありました。 『ガラスの泡にはまだあきらめきれていなかった最後の自分が記録されていてそれでつらいのかもしれませんもう二度と読み返すことはないでしょう恥ずかしい過去をそれなりに弔えたと思いますもうああいう話を書くことはありません


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。