『ガラスの泡』 リマスター版が配信されました。 これまでの版にあった誤りや不充分な点を修正したものです。 『Pの刺激』 続編ですが独立した物語なので読んでいなくても差し支えはありません。 技術的にはよく書けているので今回、 手を入れて納得のいく完成度にしましたが、 著者としてはもう二度と読み返したくない本です。 このシリーズには明確な時代設定があって 『Pの刺激』 は 2006 年 (執筆の翌年)、 『ガラスの泡』 は 2008 年です。 後者には 「二年後」 としか書かれていませんが前者を注意深く読むと 2006 年であることがわかります。 前者では状況に流されて働いていた主人公が後者では探偵の自覚をもちます。 十年近く歳をとった主人公がいまどうしているのか気にならなくもないのですが、 当分つづきを書く予定はありません。
夜間勤務をしているのでほとんど他人と関わらずに生活しています。 休日には一歩も外へ出ません。 映画は Hulu で、 本は Kindle で愉しみます。 ひと月に一度友人と酒をのみます。 食事はグレープフルーツジュースとプロテイン、 たまにビタミン剤。 決めておけば買い物の時間が短くて済みます。 一時期は豆腐と豆乳だけで生きていたこともありましたが体調に異常は生じませんでした。 やめたのは保存期間が短いからです。 そのような静かな暮らしを手に入れてはじめて、 他人と関わるのがどれだけ苦手か自覚しました。 若い頃には無理をして社交的になろうとしたこともあります。 いつも無残な結果に終わりました。 接客業の現場管理なので、 本来は社会スキルが高くなければ務まらないのですが、 時間帯に救われています。 ほとんどだれとも関わらずに生きるのは、 幸せではありませんが圧倒的に楽です。 月イチでのむ友人を別にすれば、 他人と関わるのは苦痛でしかありません。 どんな機会も能力のなさを晒して恥をかく場になります。 医師によれば金と時間をかけて脳の精密検査をしなければ原因はわからないそうです。
『ガラスの泡』 はフィリップ・ K ・ディックの影響で書かれました。 改稿の参考にするつもりで 『ヴァリス』 を新訳で読み返し、 いまは 『聖なる侵入』 にとりかかっています (作業を終えるまでには間に合いませんでした)。 自分が抱えている障害についてさまざまなことを考えます。 神は個別のコードを書かず、 自動増殖のアルゴリズムを走らせているのでしょうから、 ソースコードにエラーのある個体が発生するのはやむをえないにせよ、 プロトコルと整合性のない invalid な個体が弾かれるたびに無駄な祈りが発生するのでは、 欠陥システムと批難されても無理はありません。 局所的には不具合が多発していても、 サービス全体の運用には差し支えないので、 多すぎる祈りをフィルタリングないしミュートするパッチをあててそれでよしとしているのかもしれません。 そもそも何を目的としたサービスなのかわからぬままユーザは強制的に参加させられます。 退会方法のリンクは意図的にわかりにくくされていて、 無理に退会しようとすると、 まず確実にひどいことになります。 そもそも自分の意志で退会する権利が認められていません。 規約で明確に禁じられています。 ユーザの意思とかかわりなく一方的かつ強制的に参加させられ、 自主的な退会は許されず、 時期がきたら強制退会させられます。 その日がいつになるかはユーザには知らされません。 すべてのアルゴリズムがそのように設計されています。
遺伝的なエラーゆえ 「淘汰される」 側の人間なのでだれからも愛されたことがありません。 若い頃はだれかにそばにいてほしくて、 無理をして騙されたり、 逆に傷つけたりしました。 寂しくないといえば嘘になります。 多くの親友がいた十四歳の頃を懐かしく思う日もあります。 でも、 これでいいのだと最近は思えるようになりました。 なんでも叶うなら健常者になって、 まっとうな社会生活をしたい。 能力のなさや不様なふるまいで惨めな思いをするのではなく、 世間のだれもがそうしているように、 能力やひととの関わりを利用して自らの価値を高めてゆきたい。 でもそうでない現実を哀しむ年齢ではもはやなくなりました。 ひとの社会で暮らしていても、 そもそもそこに属してはいないのです。 ひっそりと暮らすすべがあるのなら、 まずまずの人生なのかもしれません。 もっとひどいことになる可能性はいくらでもありました。 『ガラスの泡』 には、 まだあきらめきれていなかった最後の自分が記録されていて、 それでつらいのかもしれません。 もう二度と読み返すことはないでしょう。 恥ずかしい過去をそれなりに弔えたと思います。 もうああいう話を書くことはありません。