イシュマエル・ノヴォーク

コイディシュ・ブッフ

『暈』のイシュマエル・ノヴォークが1950年代のサウス・ブロンクスを舞台に描く、土地と血の物語。

第11話: ゲツルとギンプル

 部屋は彼が所有する本で溢れ返っている。これらはぼくたちの言葉で書いた作家のものばかり。ショレム・アレイヘム、メンゲレ・スフォリム、イツホク・ジンゲル、ドヴィド・ピンスキ、レオ・ロステン、ペレツ・マルキシュ、ヨゼフ・オパ […]

第12話: 天国の下稽古

 イースト一五一通りにあるクラブ、〈テオ〉の壁には自称〈アメリカ一のアフリカ通〉であるオーナー、テオドール・ラングの仮面コレクションが所狭しに並べられている。よく見れば東南アジアやハイチ、京劇や能で使われる仮面すら並んで […]

第13話: 街角の義人たち

 朝いちばんにやることはミジェレツキさんのところで新聞をもらって、自転車にのっける。それから通りまでひとっ走り。でも、今日は通りよりもスモレンスキンさんのとこが先。昨日の約束を守らなくちゃ。  小さな通りを曲がって、大き […]

第14話: かしこいものには花を

 ぼくの左には靴磨きのイェフダーがいる。イェフダーが地べたに座って大あくび。 「シュアハ、世の中はうんと変わった」  イェフダーが靴墨で真っ黒の手で鼻をポリポリ掻いた。 「まず、ワシのお隣さんが変わった。これまで、一日中 […]

第15話: ちびの詐欺師

 サンディエゴでの講演を終えた私は、自宅のあるニュー・ヘイヴンに帰らず、ニューヨークで過ごしていた。私はカフェのテラス席に腰掛け、次の仕事であるパウル・ツェランの詩の選集作業に没頭していた。思い出したようにヒヨコ豆のサン […]

第16話: あなたに消えていく

〈リリ〉  ザベルのカフェでドヴィド・ヘルツォークの『花のシュテートル』を読んだ。ワルシャワのシュテートルが舞台だから懐かしく感じる。でも、こんなに輝いていたかしら? 私にとっては小さくて、黒ずんだ場所なのに。  本を置 […]

第17話: 黒パンの時代

 大昔から戦争はあった。詳しくは知らないし、調べたこともないが、多分、人が最初に書いた文字は〈戦争〉だろうな。  ラーゲリに入れられた時、最初のうちは自分がどんな状況なのかピンときていなかった。宿舎は二段ベッドが並んでい […]

第18話: ギンプルよりベルゲンソンへ

 親愛なるロゼ・ベルゲンソン  この手紙が届く頃を考えると、返信が遅くなってしまっているだろうからまずは謝罪したい。君が住む南アフリカと、ぼくが住んでいるサウス・ブロンクスはとても離れている。しかし、こうやってやり取りを […]

第19話: ラフ・イン・エルパソ

 テキサス州はエルパソの農道。タイヤが小石をまきあげて農作業用トラックの赤い車体にぶつかった。トラックは荒れ地を進む度に車体が上下左右に揺れる。  トラックを運転するのはラフミール・マシュベル。本人曰く、ラフ・ベル。ラフ […]

第20話: ウォーム・バード

 昼近くになってフェルドマンはベッドから起き上がった。ランニング姿のままキッチンで湯を沸かしてコップにお湯を注ぎ、缶に入ったバター味の湿ったビスケットをお湯で流し込むと紙巻煙草に火を点け、煙草をくわえたまま窓を開けた。窓 […]