杜 昌彦

D.I.Y.出版日誌

連載第149回: イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ

書いた人: 杜 昌彦, タグ: ,
2018.
10.17Wed

イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ

オークション会場でのシュレッダー・テロの話題で関心をもちイグジット・スルー・ザ・ギフトショップを観た娯楽性の強い起伏ある筋立てといいMF Doom さながらの語り手をはじめとする個性豊かな登場人物といいアメコミ原作の空想的アクション映画のようでおもしろかったエンドロールの象のギャグに至るまで愉しめた後半だれが録っていたのかという謎の答えも明かされるバンクシーとは単独アーティストというよりもチーム・プロジェクトなのだろう同じ歌詞がオープニングとエンディングでまったく違って聞こえるソーシャルメディア時代のコンテンツの寓話であり優れた風刺だと感じたアンディ・ウォーホルの 15 分間が現実になるとここまで醜い事態になる

インターネットでうまくやる才覚がなければ売りようがない時代だ。 「インターネットでうまくやる才覚はいいものを書く才覚や技量とはまったく関係がないむしろ真逆であることが多いなぜならインターネットでうまくやる才覚は世渡りの才覚でありそこには本物でないこと」 「もっともらしく取り繕うことが含まれるからだ社会的な立ちまわりの手段として読書を用いるひとたちにとっては上っ面を取り繕っただけのもののほうが扱いやすい独創はわかりにくいとして憎まれるさんざん使い古された実績ある既存イメージをあく抜きして提示すれば共感されソーシャルメディアの話題となり画期的と賞賛されるそれがアルゴリズムの雪だるま現象を誘発し唯一絶対の価値として固定されるインターネットで喜ばれる才覚はそのようなものだ

それは読書とは対極にあるそうしたものと取次や Amazon のような権利ビジネスとは残念ながら相性がいい読みたい本が出版されにくくなったのはそのせいではないか金をかけられなくなれば出したい本が出せなくなる多くを持っていく連中の発言力も増える本来であれば読者に望まれる本が出版されるべきだし収益は出版に関わったひとたちにその貢献度合いに応じて還元されるべきだたとえば著者編集者装幀者校正・校閲者オーサリング者⋯⋯といった順番でところが実際に彼らが得るのはしゃぶり尽くされた骨だけだ取次や Amazon だけがやくざのように上前をがっぽりさらっていく。 「売れる読まれるは異なる読まれれば売れるが売れれば読まれるとはかぎらないし読まれないのに売れるものを売りつづければいずれ客からはそっぽを向かれ何も売れなくなる現在はその末期に近づきつつある

権利ビジネスにつけこまれないためには Mr. ブレインウォッシュのような紛い物とは較べ物にならない魅力を提示する必要があるつまらないもののほうがわかりやすく受け入れられやすいのは確かにどうにもならない事実ではあるしかしそんなことなど問題にならない魅力を本物は提示できるはずだ正しい手段を見出しさえすれば現状はソーシャルメディアの世渡りを上まわる訴求力を何ひとつ提示できていないAmazon ランキングをしのぐ指標を提示することが重要だ加えて顧客情報を Amazon に握られてマーケティングに基づく商品開発が阻まれていることも著者や出版社の問題かもしれない海外の著者のあいだではメールマーケティングで顧客のニーズを把握し顧客に直接訴えることが何よりも重要だという認識が一般化しているストリーミングメディアが普及して円盤で稼げなくなった音楽ビジネスにおいてもしかりだ

著者や出版社が自信をもって送り出した本を紹介する信頼性の高いサイトはないものかメール登録を伴うそうしたサイトを成功させられないものか結局はソーシャルメディアでの立ちまわりに帰結する使い古された中身のないわかりやすい代物でないかぎり成功はあり得ない堂々巡りだ孤独に根ざした読書という行為は淘汰され出版は死にMr. ブレインウォッシュさながらの世渡りだけが残るのだろうグーテンベルクが一部の特権階級からひとびとに取り戻した言葉の自由は権利ビジネスという特権階級にふたたび奪い返されたインターネットで発言力のあるひとびとはそれをよしとする読書の可能性はこのまま死に絶えるのだろうか


(1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『ぼっちの帝国』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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